「鞄が! 待って、それを返して――!」

 追いかけようとしたが、今いる場所は高台で、ガードレールの向こうは崖だ。

 追いかけてこられないことがわかっているかのように、カラスは一度くるりと旋回して、眼下の集落のほうへと飛び去っていった。

 ガードレールに飛びついて、身を乗り出さんとする勢いの公花の腕を、風間が掴んだ。

「日暮、よせ。危ない」
「どうしよう……取り返さないと」
「大切なものなのか?」
「うん……」

 風間はカラスが飛び立った方向を見て、眉を寄せて考え込んだ。

 スポーツバッグを肩にかけて、ジムの帰りらしき出で立ちの風間隼人。

 実は公花が図書館を出たときからその姿を見かけていて、声をかけるタイミングを掴めずに、ただ見守るようについてきた。

 彼は以前から公花と仲良くなりたいと思っていたが、近づこうとすると蛇ノ目剣が現れ、ことごとく阻まれていた。

 だが公花は先日、怪しい男たちに狙われていて、なにかのトラブルに巻き込まれているのではないかと気が気でない。

 肝心のナイト様も、最近は体調でも崩したのか、登校すらしていないし――そのせいで、近頃の公花にいつもの元気がないことも、わかっているのだが。

「――飛んで行った方向はわかる。追いかけよう」

「手伝ってくれるの?」

「ああ」

 真剣な目に、下心はない。好きな子のために力になりたいと、掛け値なしに動くいいやつなのであった。