その日の放課後、練習が終わって帰り支度をしていたら、

「お疲れさま」

机の上にコトンと、紙パックのオレンジジュースを置かれた。

「ユノ……ありがと」
ついでで買ってくれたのだろう。

カフェオレを飲む彼は、財布を出そうとするわたしに「いらないよ」と言って、自分の席へ向かう。

「疲れた?」

「え? ううん、全然!」

そう見えたのかな?

心配されたわたしは笑顔を見せる。

「楽しいから疲れないよ」

「……そっか」

楽しいと言ったのに、ユノの目はまだ様子をうかがおうとしてくる。

彼は首を傾げたわたしに「松本さんはもう帰ったの?」とたずねてきた。

「あ……うん。今日は用事があるみたいで……」

答えながら振り返る、今日の彼女。

休憩時間は上の空になることが多く、話しかけても返事をしないときが何度もあった。

練習をしているときもみんなから離れて、スマホの画面をずっと見つめていたし……。

“ごめん。先に帰るね”

ホームルームの後も思い悩んだ顔をしていた。

思わず、ため息がこぼれる。

すると、それに気づいてか、ユノが問いかけてくる。「ケンカでもした?」と。
目を向けると、彼は前の席にもたれて、返事を待っている。

「……」

ユノのことだから、多分、気づいてるんだろうな。

“しずちゃんのことで悩んでいる”とわかってそうだ。

「ケンカじゃないんだけどね」

もう話すことにした。

クラスメイトたちは帰って、教室にはわたしたちしかいない。

だから、ちょっとだけ愚痴ってみる。

「わたし……しずちゃんを親友だと思ってるの」

「うん。ふたりは仲がいいよね」

「だけど、しずちゃんはそう思ってないかもしれない」

あの日からずっと胸の奥がモヤモヤしている。

「わたしはね、何かあったらすぐに相談するの。でも、しずちゃんは何も言ってくれないんだ」

教えてほしかった。

好きな人ができたときも、彼氏ができたときも、ちゃんと聞きたかったの。

「同じように相談にのりたいし……悩みがあるときは一緒に悩みたい。でも、しずちゃんにとってわたしは……そういう存在じゃないみたい」

つらいときに何も言ってくれなかった。それがすごく寂しい。

「……ごめんね、こんな話」

静かに聞いていたユノは「ううん」と返してくる。

そして、ゆっくりと姿勢を正してから、優しい笑顔で口を開く。

「その気持ち、松本さんに伝えたほうがいいよ」

「え……」

「言わなきゃ、本心を聞くこともできないから」

……本心。

「オレは昔から知ってる。“果歩ちゃんは勇気がある女の子だ”って……だから、松本さんともちゃんと話し合えるはず」

何を振り返っての言葉なのかはわからない。

けれど、落ち着きのあるその声が、安心感を与えてくれて……。

「言ってみようかな」

「うん、果歩ちゃんなら大丈夫」

大丈夫と言われたら、本当に大丈夫な気がしてきた。

「……ありがと」

胸の奥のモヤモヤがすうっと消えていく。