「待てっつってんのに……」
鮎川は手首を持ったまま、息を整える。
さっきの自分を思い出して、気まずくなったわたしはそっぽを向いた。
「……何も聞こえなかった」
「嘘つけ。結構デカい声で呼んだって」
「本当に聞こえなかったよ!」
どうでもいいことで言い合うわたしたち。
でも少しだけ安心した。
怒られるような気がしたから、いつも通りに接してくれたことにホッとしたの。
「そろそろ……放してくれない?」
「ああ、ワリィ」
手首がやっと楽になる。
鮎川は制服のネクタイを少し緩めてから、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
「なんかオゴれよ。走ってノド渇いた」
「は? なんでわたしが……」
「財布を店に置いてきたんだよ。どうせこの後は帰るだけなんだろ?」
言い返す声もさえぎられ、仕方なく、信号を渡る鮎川についていく。
すぐそばのコンビニに入ったとき、ポケットのスマホが振動した。
「……しずちゃんから」
メッセージを返す中、視線を感じたから答えた。
腕にさげたカゴの中にコトンと落とされた缶コーヒー。
不服に思いながらも自分のリンゴジュースも入れ、レジに並んだ。
コンビニを出たとき、またメッセージが届く。
「一緒にいるって話したら“財布を忘れてること伝えて”って言われたよ」
「“取りに戻る”って言っといて」
返信を打つ隣で、鮎川は店の外壁にもたれて前を走る車を目で追っていた。
けれど、わたしがスマホをポケットに戻した瞬間、顔をよそに向けたまま「お前さ」とつぶやいてくる。
直感で、本題だなと察した。