怪我をしたことで、表札の完成がクラスでいちばん遅くなってしまった。
実行委員は次の飯ごうすいさんでも、材料や調理器具を旅館から持ってくるという役割がある。
みんなを待たせていることに焦って、慌てて集合場所へ向かうと、クラスメイトはすでに他のクラスの子たちと同じように作業を進めていた。
「え、どうして……」
誰かが代わりに準備をしてくれたのだろうか?
ぽかんと立ち尽くしていると、
「ユノだよ」
両腕で薪を抱える鮎川(あゆかわ)がそう言って、隣に並んでくる。
「アイツ、ひとりで準備したんだよ」
「え……ひとりで?」
「ああ。オレも手伝おうとしたんだけど、委員以外は先生の話を聞かなきゃでさ」
数があるから調理器具を運ぶだけでも最低3往復はかかるだろうし、材料だって米が重たいから一度では持ってこれないはず。
「腹を減らしていたヤツが、他のクラスより準備が遅れてるってことに不満を持ち始めてさ。それでアイツ……“このままじゃ果歩ちゃんが責められる”って心配してたよ」
「っ……」
「礼くらいは言っとけよ?」
鮎川はわたしの頭にポンッと手を乗せてから、そばを離れてく。
ひとりになってからも、向こうで野菜を洗うユノを目で追い続けた。
“一緒には行かない!”
“彼氏ヅラしないで”
“わたし、ユノの彼女じゃないよね!?”
わたし、昨日……あんな言い方したのに。
“ジッとしてて”
“傷口を抑えておくといいよ”
なんでそこまで優しいの……。
“全然、ユノくん自身を見ようとはしないよね?”
頭に浮かぶ、しずちゃんの言葉。
「……っ、ユノ!」
居ても立ってもいられなくて、すぐさまユノのもとへ。
走りながら声をかけると、振り向いた彼はパッと嬉しそうな表情をする。
でも、
「お、嫁さん登場~」
ユノのそばにいた男子も、わたしに気づいた。
ニヤニヤ笑うのを見て、足が止まる。
また冷やかされてしまう。そんな気がしてそばへ行くのをためらったとき、ユノが口を開いた。
「嫁さんじゃないよ」
微笑みながら首を横に振って、
「果歩ちゃんとオレはただの友だちだから」
き然とした態度ではっきりと言い切る。
冷静に「違う」と言われた男子は、それ以上、踏み込んではこなかった。
「指は大丈夫?」
「あ……うん」
謝らなきゃ、昨日の言葉。
「よかった。水はできるだけ触らないほうがいいよ?」
「……うん」
お礼も言わなくちゃ。
手当てをしてくれたんだし、代わりに運んでくれたんだから……。
「あの、昨日は……」
ごめん。そう言って頭を下げるつもりだった。
でも、ちょうどそのとき「ユノ!」と叫ぶ声がして……。
「ん? どうかした?」
「水を入れすぎたのか、米が変になってんだよ。ちょっと見てくんね?」
駆け寄ってきた男子は、そのまま彼を連れていこうとする。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「……う、うん」
またね、と手を振られ。
つられて同じようにバイバイしたわたしは、遠くなる後ろ姿にため息をつく。