混雑した人ごみの中を走り抜け、たどり着いたのはビルとビルの間にある細い道。

裏口にあたるドアのそばには汚れたポリバケツ。

もう片方のビルの非常階段では、階ごとに誘導灯が設置されているけれど、それ以外にこの空間を照らすものはひとつもなかった。普段からひと気がない場所なのだと思う。

息を整えながら、階段に腰を下ろした。

汗で崩れたメイクが目に入ったのだろうか。ユノは手の甲でゴシゴシとこすっている。

「ピカルン先輩なら逃げなくてもよかったんじゃ……」

「……」

返事をせず、ポーチに手を突っ込む。ポケットティッシュを渡すつもりだった。

けれど、しんとしたこの場に突然、バイブレーター音が鳴り響く。

「あ、噂をすれば……」

ユノはスマホを触ってそれを止め、届いたメッセージを読みはじめる。

「……返事、しないで」

連絡を取れば、きっと会うことになるだろう。

そうなるのは絶対に嫌だ。

「ていうか、連絡先……教えてるの?」

正直、それにはすごく驚いた。

毎日、ツインテールはうちの教室に来る。今日だって2回も見かけたよ。
だけどね、スマホで連絡を取るような関係にまではなっていないと思っていたの。

たずねると、ユノは戸惑うような口ぶりで「聞かれたから」と小さく返してくる。

「……聞かれたらなんでも教えるの?」

呆れて、ハァッと大げさなため息をついた。

足の上でひじをつき、顔も背ける。

「……そもそもさ、なんであの人だと“逃げなくてもいい”になるの?」

よくよく考えたらおかしいよ、その考えは。

たしかに先輩は面倒くさい。あそこで見つかっていたら、きっと、ハロウィンどころじゃなくなっていたはずだ。

でもね、さっきのわたしは、そんなことよりも先にユノの気持ちを考えたの。

先輩がまたユノにひどいことを言うかもしれない。そう思って逃げ出したんだよ。

同じように、ユノもわたしの気持ちを考えてほしい。

ピカルン先輩に見つかったら果歩ちゃんが嫌な思いをするかも、って察してほしかった。