「……お褒めいただき光栄に存じます。ご紹介が遅れましたが、彼女は私の、婚約者に望む唯一の女性です」

 時が止まったような心地がした。
 聞き慣れないルロウの滑らかな発言に、「誰ですかそれ」と言ってしまいそうになる。

「こ、婚約者」
「そうでしたの、婚約者……」
「婚約者」

 妖艶に微笑むルロウを前に圧倒されてしまった令嬢たちは、似たような反応をして顔を赤らめている。
 ルロウが皇太子に言っていたとおり、無駄な詮索を言わせずに黙らせてしまった。
 たった一瞬、表情を緩めただけで。

(ルロウ、急に楽しそうな顔してどうしたんだろう。さっきまでは不機嫌そうだったのに)

 近い距離にあるルロウの顔を見上げれば、すぐに視線を返される。
 やっぱりどこか機嫌がいい。

「否定は、しないのか?」
「……!」

 にやっと笑うルロウの顔に、ハッとさせられる。

 ルロウはシャノンのことを「婚約者に望んでいる人物」と紹介したのだ。それはもうほとんど婚約者と言っているようなもので。

 発言の結果そうなってしまったのか、それとも確信犯なのか定かではないが。ルロウが機嫌よくなったのはそういうことかとシャノンは察する。

(そういえば、まだちゃんとルロウに言っていなかった)

 
「否定も、なにも……」

 そのとき唐突に、瞼が重くなる感覚がした。

「……? シャノン」

 ルロウはすぐに不敵な笑みを消し去り、シャノンの様子の変化に顔を顰める。
 
(もう、記憶返りで眠くなることも少なくなったのに……また、こんなに急に眠くなるなんて)

 貴族ばかりのこの場で意識を落とすのはまずい。

 それなのに体は石のように動かなくなり、ぎりぎりまで保っていた思考は瞼の裏の闇に溶けていった。