少しの沈黙の後、カナトは話し出す。
「...嫌いなわけじゃないよ。ただ、受け入れられないんだ。僕は僕を優しいとは思わないから」
こんなに冷たい声音も出せる人なんだと思った。
今まで見えていなかったカナトの淋しい部分が形となって見えた気がした。
「僕は嫌わないでいて欲しいから優しくしてるんだ。優しくするから、貴方に手を差し伸べるから、だから僕を嫌わないで。そう思いながら人と接してる」
いつも笑顔でアイドルしているカナト。その後ろで淋しそうに蹲る小さなカナトが見えた気がした。
「結局僕は、僕のコトしか考えてないんだ...」
温かくて優しい人。ずっとそう思ってきた。
そんな陽だまりのような目の前にいるこの人を、私は今淋しい人だと思った。
「生まれてきて、人生の最後まで付き合うのは結局自分自身だけなんです。そんな存在の自分のコトだけを考えるの、当たり前です」
カナトは少し驚いたように瞳を開け、私を見る。
「人に優しくした分、自分を傷つけなくたって良いんです。誰かにしたのと同じ様に自分にも優しくしたら良いと思います」
沈黙が訪れるのを無意識に避けているのか、私の言葉は止まらなかった。
「カナトの心にはちゃんと優しい部分があります。それをほんの少しだけ、自分に向けてあげてください。ほんの少しだけ、自分のコトを認めてあげてください」
唇を噛み締めていたカナトは小さく息を吐く。
そしてゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「...優しいねって言われる度に思うんだ。そう言ってくれる君の方が優しいよ。本当の僕はそんなんじゃないよって...。でも...そっか...」
カナトは優しい目をして遠くを見つめる。彼が今何を思っているのかはわからなかった。
「カナトが自分を受け入れられない時は何度だって伝えます。私は貴方に救われたよって...。貴方は心の優しい人だよって...。ずっと伝えます」
カナトは柔らかい笑みを浮かべていた。その優しい瞳が潤んでいる様に見えた。
カナトは机に置かれたままだった私の書いた歌詞の紙を手に取る。
「...この歌詞はReiさんが見た僕なんだね」
「...はい。カナトの笑顔の部分だけじゃない、内側の部分も見せられたら良いと思って書いたんです...けど...。でも別の歌詞を書いてきますので、もう少しお待ち頂いて...」
「ううん。大丈夫」
私の声を遮ったカナトの声。カナトの顔を見ると、今日1番の晴れやかな顔をしていた。
「僕この歌詞で歌うよ」
「い、良いんですか...?」
「うん。僕はただ怖かったんだ。こんな弱くて淋しい姿が僕なんだよって伝えるのが...。受け入れられなかったら怖いから...。でも僕のファンでもあるReiさんが書いてくれた歌詞だもんね。きっと受け入れてもらえる。そう思ったんだ」
あぁ泣きそうだ。それでも私は必死に涙を堪える。
「僕を書いてくれてありがとう」
私から笑みが溢れる。こんな嬉しい言葉を言ってもらえたコトが、私の歌詞を受け入れてもらえたコトが幸せだった。
私は頭を下げる。
「こちらこそありがとうございます」
頭を下げたまま、瞳から溢れた水滴を指で拭った後、頭を上げた。
「それじゃあマネージャーに曲が出来たって連絡してくるね」
「はい!」
そうしてカナトは部屋から出ていく。
私は大きく息を吐く。緊張から解き放たれた気分だった。
「本当に良かった...」
そんな言葉を吐いていると、カナトが戻ってきた。
「ふふっ。お疲れ様」
「え、あ、いや、その...」
「マネージャーが曲の音源を送って欲しいって」
「あ、分かりました!」
私は言われた通りに操作し、音源を送る。
「大切に歌うね」
「はい。楽しみにしてます」
「うん」
カナトにとって大切な曲になりますように...。
ファンに受け入れてもらえますように...。
私は心の中で、そう強く思った。
こうして私はカナトのソロ曲を作り終えた。