私は家に戻り、一枚の紙に歌詞を書いていく。
今日の話を聞いて、頭に浮かんだ言葉を歌詞にしていく。
「...こんな広い世界の中で...ありがとう...。ヒーローにもなれる...。僕の光で君を...」
その時頭によぎったのはカナトが淋しい瞳をした瞬間だった。私は歌詞を書く手を止める。
いつでも笑顔でいるカナト。そんなカナトが淋しそうにした理由はなんだろう。そんなコトを考えていると時計は21時を指していた。ハルカナでの放送が告知されていた時間だ。私は急いでPCで配信ページを開く。
「よーし、始まったな」
「うん。じゃあさっそくお手紙から読んでいこうか」
「あぁ」
ゆるっと始まったハルカナの放送。ハルカと柔らかな笑顔で話すカナトに私は安堵し、笑みが溢れる。
「まずはペンネームあやさんからのお手紙です。私は弱音を吐くコトが出来ません。マイナスなコトを言ったら相手に気を遣わせてしまうと思ってしまい、友人や家族にさえも言えません。お2人は辛いコトがあった時、誰かに話せますか?とのコトです」
「なるほどなぁ...。俺カナトが弱音吐いてるの見たコトねぇな。お前も話せないタイプ?」
「うーん。確かに言わないかなぁ。そもそも辛いコトより楽しいコトの方が多いし」
「本当か?」
「うん。毎日が楽しいよ。皆のおかげでね」
満面の笑みで言ってくれたカナトに沸くコメント。
私もコメントしたくなったが、今日は静かに見守るコトにした。
「...弱さを見せるにも勇気が必要だよね」
「確かにな。この人に言っても大丈夫って思いと自分の心を見せる勇気が揃わなきゃ弱音って吐けねぇもんな」
「うん。自分の心の奥を見せるのはいつだって怖いよね。でもだからこそ僕は僕たちの歌を拠り所にして欲しいって思うんだ」
カナトは温かい声で話す。そんなカナトの様子をハルカは優しい瞳で見ていた。
「嫌なコトとか辛いコトがあった日に僕たちの歌を聴いて欲しい。僕たちの歌が君に寄り添うから。泣いてる時も苦しい時も傍にいるから。そしていつか立ち直って、また歩き出してくれたら嬉しいなって思うんだ」
あぁ、やっぱり私はカナトが好きだ...。こんな優しい言葉を届けてくれるカナトが好きだ...。そう私が思ったように、多くのファンが同じように感動し、好意的なコメントを書いていた。好き、ありがとう、救われた、優しい、これからも着いていく等沢山の言葉が流れる。
「皆喜んでくれてるな」
「うん。良かった」
カナトはコメントを眺めていた。
「...嬉しいな」
ボソッと呟かれた言葉。喜んでいる言葉の筈なのに、何故か私には淋しげに聞こえていた。
「...カナトってさ、生きてく上で大切なコトってなんだと思う?」
「え、急にどうしたの?」
「いや、なんか今日は良い言葉を残す回かなって思って」
「えー?なにそれ?」
ハルカの急な問いに戸惑いつつも、真剣に考え始めるカナト。そして少しの沈黙の後、口を開く。
「自分の嫌な部分に目を向けるんじゃなくて、自分の好きな所を1つでも見つけて、認めてあげるコトが大切だと思うかな」
「おー」
「ふふっ。何その気の抜けた相槌」
「いや、思ってた以上に深い回答が来たから」
「まぁ僕が時々思ってるコトだからね。自分を大切にするって難しいと思うんだ。自分だからこそ受け入れられないコトもある」
私は大きく瞳を見開く。カナトは私のヒーローで救ってくれた人。それは変わらない。でもカナトは私が思っていた以上に人間の淋しい部分に目を向けている人だった。
「それでも誰かに向ける優しさをほんの少しだけ自分に向けてあげて欲しい。最後に自分の味方になれるのは自分だと思うから」
その時私の頭に過ったのはカフェで淋しそうな瞳になったカナトの顔だった。
「なんか何言ってるのか分かんなくなってきちゃったな」
「いや、すげぇ良いと思うぞ」
ハルカの言葉に続いて、カナトの回答を賞賛するコメント欄。そんな言葉たちを眺めながら私はシャーペンを手に取る。そして新たな紙に言葉を書き連ねていった。