陰湿な噂を次々と口にする親子。
 だがマイアは何も考えていなかった。
 いや、彼女たちの言葉を聞く余裕がなかったのだ。


 ──嬉しすぎて。
 この地獄のような屋敷から抜け出せることが、あまりに嬉しかった。

 自分は縁談など舞い込んでこずに、一生寒い小屋で暮らすと思っていたのに。
 これは一生に一度とないチャンスだ。この機会を逃してはならない。

「ジョシュア公爵はお前が嫁ぐことを条件として、多額の支度金を出してくださる。まあ……お前のような評判の悪い人間に縁談を持ち出してくる時点で、どのような相手かは想像できるがな」

 しかし、縁談を持ち込むにしても得体の知れないマイアを選ぶのは不自然だ。
 あまりに暴力漢で女性に好かれないからだろうか。

 とにかく父は支度金が目当てでマイアを嫁に出すらしい。

「明日、迎えが来る。異論はないな?」
「はい、ございません。準備を整えておきます」

 浮立つ心を抑える。
 マイアは平静を装って屋敷を出た。