「私は……ジョシュア様が望むのならば、噂に沿った悪女にでもなります。ですから、どうか婚約破棄は……実家には戻りたくないのです」
「婚約破棄などするものか。君は意地でもハベリア家に帰してやらん。
 だが、一つ見直さなければいけないことがある」

 ジョシュアの言葉にはどこか怒りが染みていた。
 マイアに対する怒りではなく、ハベリア家に対する憤り。

 言葉には出さずとも、彼女の言動から推測できる。
 マイアは実家で酷い目に遭ってきたのだと。
 ジョシュアの信条が、妻に対して行われてきた仕打ちを許さなかった。

「俺は仕事人間だ。公務に奔走し、ひたすら陛下に尽くすのが役目。
 だから、ずっと君の傍にいることは難しい」
「ええ、構いません。ジョシュア様はどうぞお仕事に集中なさって」
「マイア嬢にもしものことがあった時、俺はきっと後悔する。なぜなら、君が悪人ではなく善人であったからだ。犠牲になっても構わない人間を嫁に選んだつもりが、犠牲にしたくない人を選んでしまったんだ」

 存外にジョシュアは悩んでいた。
 彼は悪人にはめっぽう強く、善人には弱い人間なのだ。
 マイアが来てから思い悩んだものの、結論を出した。

「契約上の結婚であることに変わりはない。しかし、俺も夫としての努力をしてみようと思う」
「夫としての努力、ですか……?」
「恥ずかしい話だが、俺は恋愛というものに無縁だった。だから愛なんてものはわからない。しかし、これから先添い遂げる妻であれば……愛を向けねばならない。
 マイア嬢が良識のある人物だとわかってきた時点で、俺は君を無下にできん。夫としての責務を果たすことが俺の責任だ」

 直球な彼の言葉に、マイアは心臓がはねた。
 真正面から「君を愛する」と言われたのだ。

 ジョシュアとしてもマイアを「妻」として縛り付けることに責任を持つ。

「あ、あのあの。その……わ、私も恋愛経験とかないので。
 契約結婚だとお聞きして、安心してたのですが……」
「ならばお揃いだな。
 共に夫婦の責務について学び、よき夫婦となるように努めよう」
「は、はい!」