「ところで、セーレ。マイア嬢についてはどんな印象を受けた?」
「旦那様も気になっておられたのですね。私にはどうしてもマイア様が悪評高い令嬢とは思えません。なんだか無邪気な子どものようで……かといってマナーがないわけでもなく、他人に失礼な態度を取るわけでもなく」
「そうだな。俺もそのような印象を受けた」
「そういえば、マイア様は『お風呂に入ることが何年ぶりか』と呟いていらっしゃいました。その後、慌てて言い繕っていましたが……」

 彼女の言葉を聞いた瞬間、ジョシュアの中にあった予測が決定的になった。
 貴族の娘が何年も風呂に入らないなどあり得ない。

 ボロボロな容姿に、ほとんど持たされていなかった手荷物、風呂にすら入れない環境──ここから導き出されるのは、実家の環境の酷さ。

「アラン」
「はい、僕もジョシュア様と同じことを考えているかと」
「さすがだな。では、ハベリア家の詳細を探れ。密偵部隊の使用許可証も出す」

 ジョシュアの言葉を聞いたアランは目を丸くした。
 主人は迷いなく引き出しから書類を取り出し、その上にさらさらとペンを走らせる。

「密偵まで動かすとは……ジョシュア様にしてはやけに本気ですね?」
「契約上だとしても俺の妻となる女性だ。
 もしも俺の予想が的中していれば、到底許されたことではない。
 そして何より……マイア嬢が不憫すぎる」
「相変わらずですね」

 やはり、ジョシュアの心根は。
 どこまでも優しく揺るがないのだとアランは確認した。

 どこか怒気の籠ったジョシュアの声色。
 どんな人間であろうとも、理不尽な理由で傷つくことは許さない。
 噂の冷酷非情な公爵様とは全く違う側面は、家臣にしか見せない姿だ。


 密偵部隊の使用許可証を受け取ったアランは、一礼して部屋を出て行った。