その頃、執務室では。

「ふむ……」
「いかがされました、ジョシュア様?」

 側近のアランは主人の違和感に気がついていた。
 先程から……具体的に言うとマイアが来てから主人の様子がおかしい。

「マイア嬢。噂では悪女、礼儀知らず、金の亡者、売女、豚などと……かなり酷いものだったが。礼儀作法も問題なく、また見目も美しく、決して悪人のような様子は見受けられなかった。お前はどう思う?」
「おそらくですが。ジョシュア様と同じかと」
「俺と同じ?」
「ええ、ジョシュア様も社交を断つために悪い噂を流している。
 マイア嬢も何らかの理由があり、悪い噂が流布されているのではないかと」

 ジョシュアは考え込む。
 自分は仮にも公爵という立場だ。
 多少の悪い噂が流れた程度で格は落ちない。

 しかしマイアは伯爵令嬢。
 悪評など流れようものなら、家の存続に関わる。
 あえてハベリア家が悪評を放置していたとは考えにくいが。

「……失礼します」

 疑問に思っていると、さらなる判断材料がやってきた。
 先程までマイアの世話をしていたセーレ。
 彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべて執務室に入ってきた。

 より深く考察するべく、ジョシュアはセーレに尋ねてみる。

「マイア嬢は?」
「お風呂に入って、夕食までお休みになっています。
 ずいぶん疲れていたようで、一瞬で眠りに落ちてしまいました」
「目の下のクマが酷かったからな」

 どうすればあんなに伯爵令嬢が寝不足になるのか。
 ジョシュアとしては甚だ疑問だった。
 肉体労働させられていたとしか思えない疲労だ。