気を取り直して浴室の扉を開けると、着替えを持ったセーレが立っていた。

「……! マイア様、とてもお綺麗になりましたね……!」
「あら、そう? 入念に体は洗ったの。清潔にしておかないとね」

 まるで風呂に入る前とは別人だ。
 ピンクブロンドの髪には艶が増し、血行がよくなって生気を取り戻している。

 あとは……そう。
 睡眠を充分にとらせ、食事をとらせれば完璧だ。
 セーレはマイア育成計画を心中で構築するのだった。

「ところでセーレ。どうしてお風呂に果実が浮いているの?」
「果実はビタミンが多分に含まれているので、美肌効果が期待できるのです。
 湯冷めを防ぐ効能もありますよ。あと、純粋に香りがいいでしょう?」
「ええ、そうね。あんなに快適なお風呂は人生初めてだったわ。
 そもそも、お風呂に入ること自体……何年ぶりかしら?」

 何気なくマイアが漏らした言葉。
 セーレは聞き逃さなかった。お風呂に入るのは何年ぶりかと言った。

 噂通り、豪遊している悪女のマイアならばあり得ない話だ。
 やはり何かがおかしい。

「マイア様、この後は旦那様との夕食です。
 しばし夕食まで時間がありますので、その間はお休みになられますよう」
「ええ。緊張するわね……テーブルマナーを復習しておかないと」

 マナーは幼少期に習ったが、かなり昔のことだ。
 なんとか思い出し、淑女として振る舞わなければならない。

「テーブルマナー、ですか。私がお教えします」
「えっ!? あ、いや……別にマナーを知らないとかそういうわけじゃなくて。念のための復習というか、ちょっと私忘れっぽいというか……伯爵令嬢ですもの! マナーくらい知ってるわよ!」
「ふふっ……そうですね。でも、念のためにおさらいしておきましょう」

 その後、結局マイアはセーレと一緒にマナーのおさらいをしたのだった。