「鉱山ですか?」
冬になる前、ホランティ伯爵が古都子を訪ねて来た。
「古都子の土魔法を見込んで、協力を頼みたい。以前、崩落してしまった鉱山の、安全性を確かめたいのだ」
「領主さま、それはコトコちゃんにとって、危険はないのですか?」
心配性のヘルミおばあさんが、古都子の肩を抱き締める。
安心させるようにホランティ伯爵は微笑んだ。
「鉱山の中に入ったりはしない。外から、補強した部分の強度だけ、確かめて欲しいんだ。古都子の土魔法の範囲の広さは、尋常じゃない。だからこそ、お願いしたい」
鉱夫たちが安心して働けるように、とホランティ伯爵は頭を下げた。
古都子は慌てて、ホランティ伯爵に頷く。
「行きます、私でお役に立てるなら!」
「古都子にしかできないよ。引き受けてくれて、ありがとう」
それからホランティ伯爵と日程を決めて、古都子は鉱山の村へと向かうことになった。
◇◆◇
当日、ホランティ伯爵が用意してくれた立派な馬車に乗ってから、古都子はソワソワしっぱなしだ。
金色に輝く外観も素敵だったが、内装も素晴らしい。
馬車の天井に絵が描かれているなんて、古都子の常識にはなかった。
「気に入ってくれたかな? 鉱山のあるサイッコネン村まで、少し距離がある。道中、楽しんでもらえたらと思って、今日はこの馬車にした」
いつも気軽に馬へ跨って、フィーロネン村に視察へ来ているが、ホランティ伯爵は貴族なのだと改めて感じた。
「あの、これから行く鉱山について、教えてもらえますか?」
「了解した。サイッコネン村の鉱山は山の麓にあって、主に銀が採れる。鉱脈に沿って、鉱夫たちが通れるような坑道を掘っていて、そこから鉱石を運び出しているのだ」
思い出すような顔をして、きゅっとホランティ伯爵が眉根を寄せる。
「崩落が起きた日、坑道とは別の場所で、新たな鉱脈が見つかった。本来であれば私への報告が先だが、偶然そこに、とある貴族が視察にきていた。よくあるんだ、銀を安く買いたいという輩が押しかけてくることが。銀の価格というのは、王国によって定められているというのに……」
迷惑をしているらしいホランティ伯爵の表情は、苦み走っている。
「厚かましくもその貴族は、鉱夫たちに命じて、無理やり新たな鉱脈を掘らせた。しかし、鉱山というのは、危険がいっぱいあってね。有毒ガスや地下水が、急に噴き出してきたりするんだ」
それを知っていたから、ヘルミおばあさんは心配していたのだ。
「案の定、新たに掘った場所からは地下水が大量に噴き出し、その影響で元々あった坑道側に崩落が起きた」
「掘った場所ではなくて?」
「地中というのは、複雑に繋がっているんだ。崩落が起きた坑道で働いていた鉱夫には怪我人も出て、サイッコネン村は大騒ぎになった。その隙に、件の貴族は逃げ出していた。まあ、どこの誰かは分かっているのだけどね」
笑っているのに怖い顔というホランティ伯爵は珍しい。
きっと元凶となった貴族には、お仕置きが待っているに違いない。
「崩落で塞がってしまった坑道を、なんとか安全な状態に戻すまで、採掘は不可能になった。フィーロネン村の溜め池工事で働いてもらった人々は、元々が鉱夫だから、掘るのが得意だったんだよ」
古都子は、筋肉ムキムキだった働き手のおじさんやお兄さんたちを思い出す。
食べっぷりがいいと、料理を作っていたヘルミおばあさんやシスコが喜んでいた。
「採掘の再開に向けて、専門家と一緒に、鉱山を調査し直した。危ないと思われる場所は避け、新たに補強した坑道を掘ったのだが……」
ホランティ伯爵が古都子に向き直る。
「もう鉱夫たちに怪我をさせたくない。それにサイッコネン村は、鉱業で成り立っている村だ。また崩落が起きて採掘ができなくなると、その間、村民たちは収入がなくなってしまう」
だからこそ再開は、万全の態勢で挑みたいのだと言う。
領民のために、14歳の古都子へ頭を下げるホランティ伯爵は見事だ。
「分かりました。精一杯、頑張ります!」
古都子の土魔法は、主に田畑に対してつかっていた。
鉱山を相手にするのは初めてだが、やってみなくては分からない。
話をしている間に、馬車はサイッコネン村へと到着する。
馬車から降りた古都子は、田園が広がるフィーロネン村との景色の違いに感嘆した。
「わあ、大きな山ですね!」
村の正面に、どーんと構えているのは、件の銀山だという。
頂上のあたりは、うっすらと雪に覆われ、地表の黒さとの対比が美しかった。
「足元に気を付けて。こちらの階段から、鉱山へ向かおう。大通りはトロッコが優先だから」
ホランティ伯爵と一緒に、古都子は細い階段を上っていく。
見るものすべてが目新しくて、ついキョロキョロしてしまう古都子だったが、ホランティ伯爵はちゃんとペースを合わせてくれていた。
「領主さま、ご足労いただき、相すみません」
階段の上から、痩躯の白髪のおじいさんが下りてきた。
ホランティ伯爵が、サイッコネン村のレンニ村長だよ、と紹介してくれる。
「村長、こちらが土使いの古都子だ。まだ少女だが、土魔法の能力には目を見張るものがある」
ホランティ伯爵の過大評価に恐縮しながら、古都子はレンニ村長へ礼をした。
「白土古都子です、よろしくお願いします」
「初めまして、レンニと申します。こちらこそ、どうぞよろしく。フィーロネン村のみなさまには、うちの若いのが大変お世話になったそうで、いくら感謝してもしたりません。今日もわざわざ来ていただき、本当にありがとうございます」
年端もいかぬ古都子へ丁寧な挨拶をするレンニ村長は、フィーロネン村のカーポ村長よりも年上に見える。
「あの、私はそんなに偉くないので、どうか普通にしてください」
「おやおや、謙虚だねえ。魔法をつかえるってだけで、威張り散らす貴族もいるのに」
ふっと笑ったレンニ村長は、古都子の要望通り、言葉遣いを改めてくれた。
ホランティ伯爵が古都子の背に手をやり、レンニ村長へ胸を張る。
「いい子だろう? こういう魔法使いが、これからの王国には必要なんだ。それに古都子の土魔法は素晴らしい。きっと世に革命を起こしてくれる」
大いなる期待を寄せられて、古都子はいらぬ汗をかく。
「これまで田畑ばかり耕していたので、勝手が分からないところもあると思います。でも一生懸命、頑張ります」
それだけは必死に伝えた。
お互いの自己紹介が終わると、古都子とホランティ伯爵は、レンニ村長の案内で鉱山の裏手へと回る。
「ちょうど、崩落したのはこの辺りで、補強した新たな坑道が、こちらへと伸びています」
「だいぶん迂回したようだな。それだけ、崩落の影響が残っているということか」
古都子には、ただの山肌に見えるが、レンニ村長とホランティ伯爵には、鉱山の内部構造が頭に入っているようだ。
「コトコ、山自体は大きいが、銀を掘っているのは主に麓だ。この位置から、どの辺りまで土の状況を確認できるだろうか?」
「多分ですけど……高さなら一合目あたりまで、広さなら田んぼ六面ほどです」
その答えにぎょっとしたのは、レンニ村長だ。
古都子の能力が、想定以上だったのだろう。
「その範囲に危険がないかどうか、見てもらえるか?」
「分かりました。坑道の周辺を、特に注意してみます」
古都子は、両手を前へ伸ばし、土に意識を集中する。
そして山肌の向こうに何があるのか、探っていく。
異物を発見する方法は、田んぼを耕すときに身につけた。
藁を鋤き込むときに、うっかり石などを混ぜ込まないよう、気を付けていたら出来るようになったのだ。
「銀の鉱脈っぽいものを見つけました。今ある坑道は、正しくそれに沿っています」
冬になる前、ホランティ伯爵が古都子を訪ねて来た。
「古都子の土魔法を見込んで、協力を頼みたい。以前、崩落してしまった鉱山の、安全性を確かめたいのだ」
「領主さま、それはコトコちゃんにとって、危険はないのですか?」
心配性のヘルミおばあさんが、古都子の肩を抱き締める。
安心させるようにホランティ伯爵は微笑んだ。
「鉱山の中に入ったりはしない。外から、補強した部分の強度だけ、確かめて欲しいんだ。古都子の土魔法の範囲の広さは、尋常じゃない。だからこそ、お願いしたい」
鉱夫たちが安心して働けるように、とホランティ伯爵は頭を下げた。
古都子は慌てて、ホランティ伯爵に頷く。
「行きます、私でお役に立てるなら!」
「古都子にしかできないよ。引き受けてくれて、ありがとう」
それからホランティ伯爵と日程を決めて、古都子は鉱山の村へと向かうことになった。
◇◆◇
当日、ホランティ伯爵が用意してくれた立派な馬車に乗ってから、古都子はソワソワしっぱなしだ。
金色に輝く外観も素敵だったが、内装も素晴らしい。
馬車の天井に絵が描かれているなんて、古都子の常識にはなかった。
「気に入ってくれたかな? 鉱山のあるサイッコネン村まで、少し距離がある。道中、楽しんでもらえたらと思って、今日はこの馬車にした」
いつも気軽に馬へ跨って、フィーロネン村に視察へ来ているが、ホランティ伯爵は貴族なのだと改めて感じた。
「あの、これから行く鉱山について、教えてもらえますか?」
「了解した。サイッコネン村の鉱山は山の麓にあって、主に銀が採れる。鉱脈に沿って、鉱夫たちが通れるような坑道を掘っていて、そこから鉱石を運び出しているのだ」
思い出すような顔をして、きゅっとホランティ伯爵が眉根を寄せる。
「崩落が起きた日、坑道とは別の場所で、新たな鉱脈が見つかった。本来であれば私への報告が先だが、偶然そこに、とある貴族が視察にきていた。よくあるんだ、銀を安く買いたいという輩が押しかけてくることが。銀の価格というのは、王国によって定められているというのに……」
迷惑をしているらしいホランティ伯爵の表情は、苦み走っている。
「厚かましくもその貴族は、鉱夫たちに命じて、無理やり新たな鉱脈を掘らせた。しかし、鉱山というのは、危険がいっぱいあってね。有毒ガスや地下水が、急に噴き出してきたりするんだ」
それを知っていたから、ヘルミおばあさんは心配していたのだ。
「案の定、新たに掘った場所からは地下水が大量に噴き出し、その影響で元々あった坑道側に崩落が起きた」
「掘った場所ではなくて?」
「地中というのは、複雑に繋がっているんだ。崩落が起きた坑道で働いていた鉱夫には怪我人も出て、サイッコネン村は大騒ぎになった。その隙に、件の貴族は逃げ出していた。まあ、どこの誰かは分かっているのだけどね」
笑っているのに怖い顔というホランティ伯爵は珍しい。
きっと元凶となった貴族には、お仕置きが待っているに違いない。
「崩落で塞がってしまった坑道を、なんとか安全な状態に戻すまで、採掘は不可能になった。フィーロネン村の溜め池工事で働いてもらった人々は、元々が鉱夫だから、掘るのが得意だったんだよ」
古都子は、筋肉ムキムキだった働き手のおじさんやお兄さんたちを思い出す。
食べっぷりがいいと、料理を作っていたヘルミおばあさんやシスコが喜んでいた。
「採掘の再開に向けて、専門家と一緒に、鉱山を調査し直した。危ないと思われる場所は避け、新たに補強した坑道を掘ったのだが……」
ホランティ伯爵が古都子に向き直る。
「もう鉱夫たちに怪我をさせたくない。それにサイッコネン村は、鉱業で成り立っている村だ。また崩落が起きて採掘ができなくなると、その間、村民たちは収入がなくなってしまう」
だからこそ再開は、万全の態勢で挑みたいのだと言う。
領民のために、14歳の古都子へ頭を下げるホランティ伯爵は見事だ。
「分かりました。精一杯、頑張ります!」
古都子の土魔法は、主に田畑に対してつかっていた。
鉱山を相手にするのは初めてだが、やってみなくては分からない。
話をしている間に、馬車はサイッコネン村へと到着する。
馬車から降りた古都子は、田園が広がるフィーロネン村との景色の違いに感嘆した。
「わあ、大きな山ですね!」
村の正面に、どーんと構えているのは、件の銀山だという。
頂上のあたりは、うっすらと雪に覆われ、地表の黒さとの対比が美しかった。
「足元に気を付けて。こちらの階段から、鉱山へ向かおう。大通りはトロッコが優先だから」
ホランティ伯爵と一緒に、古都子は細い階段を上っていく。
見るものすべてが目新しくて、ついキョロキョロしてしまう古都子だったが、ホランティ伯爵はちゃんとペースを合わせてくれていた。
「領主さま、ご足労いただき、相すみません」
階段の上から、痩躯の白髪のおじいさんが下りてきた。
ホランティ伯爵が、サイッコネン村のレンニ村長だよ、と紹介してくれる。
「村長、こちらが土使いの古都子だ。まだ少女だが、土魔法の能力には目を見張るものがある」
ホランティ伯爵の過大評価に恐縮しながら、古都子はレンニ村長へ礼をした。
「白土古都子です、よろしくお願いします」
「初めまして、レンニと申します。こちらこそ、どうぞよろしく。フィーロネン村のみなさまには、うちの若いのが大変お世話になったそうで、いくら感謝してもしたりません。今日もわざわざ来ていただき、本当にありがとうございます」
年端もいかぬ古都子へ丁寧な挨拶をするレンニ村長は、フィーロネン村のカーポ村長よりも年上に見える。
「あの、私はそんなに偉くないので、どうか普通にしてください」
「おやおや、謙虚だねえ。魔法をつかえるってだけで、威張り散らす貴族もいるのに」
ふっと笑ったレンニ村長は、古都子の要望通り、言葉遣いを改めてくれた。
ホランティ伯爵が古都子の背に手をやり、レンニ村長へ胸を張る。
「いい子だろう? こういう魔法使いが、これからの王国には必要なんだ。それに古都子の土魔法は素晴らしい。きっと世に革命を起こしてくれる」
大いなる期待を寄せられて、古都子はいらぬ汗をかく。
「これまで田畑ばかり耕していたので、勝手が分からないところもあると思います。でも一生懸命、頑張ります」
それだけは必死に伝えた。
お互いの自己紹介が終わると、古都子とホランティ伯爵は、レンニ村長の案内で鉱山の裏手へと回る。
「ちょうど、崩落したのはこの辺りで、補強した新たな坑道が、こちらへと伸びています」
「だいぶん迂回したようだな。それだけ、崩落の影響が残っているということか」
古都子には、ただの山肌に見えるが、レンニ村長とホランティ伯爵には、鉱山の内部構造が頭に入っているようだ。
「コトコ、山自体は大きいが、銀を掘っているのは主に麓だ。この位置から、どの辺りまで土の状況を確認できるだろうか?」
「多分ですけど……高さなら一合目あたりまで、広さなら田んぼ六面ほどです」
その答えにぎょっとしたのは、レンニ村長だ。
古都子の能力が、想定以上だったのだろう。
「その範囲に危険がないかどうか、見てもらえるか?」
「分かりました。坑道の周辺を、特に注意してみます」
古都子は、両手を前へ伸ばし、土に意識を集中する。
そして山肌の向こうに何があるのか、探っていく。
異物を発見する方法は、田んぼを耕すときに身につけた。
藁を鋤き込むときに、うっかり石などを混ぜ込まないよう、気を付けていたら出来るようになったのだ。
「銀の鉱脈っぽいものを見つけました。今ある坑道は、正しくそれに沿っています」