「広さといい、深さといい、私の魔法、レベルアップしてるよね?」

 さやえんどうの種を撒くため、古都子は土魔法を使って畑を耕していた。
 最初は握りこぶし大の土しか操れなかったが、今では大玉スイカほどの土を操れる。
 しかも連発できるので、魔法で畝をつくるほうが簡単なのだ。

「魔法ってこんなに手軽に使えるんだね。これをもっと活用して、違うお手伝いもできないかな?」

 田んぼには、すでに大麦が植えられ、先日、麦踏みをしたばかりだ。
 しばらくは何もしない時期が続くとイルッカおじいさんが言っていた。
 そのため、イルッカおじいさんは溜め池の工事へ参加している。
 池の底の掘り下げが終わり、田んぼへの配水を考えて、水路をつくっているはずだ。
 そこで土魔法が使えないか? と古都子は考えていた。

「ヘルミおばあさん、ちょっと溜め池まで行ってくるね」

 農作業を終えた古都子は、溜め池まで足を伸ばす。
 今日あたり、ホランティ伯爵が視察に来ているはずだ。

 ◇◆◇

「こんにちは、ホランティ伯爵」

 古都子は遠目で見つけていたホランティ伯爵へ駆け寄り、挨拶をする。
 ホランティ伯爵は目を落としていた設計図から顔を上げ、古都子を認識すると微笑む。

「やあ、コトコ、久しぶりだね。土魔法に目覚めたと聞いた。おめでとう」
「ありがとうございます。それで……相談があるんです」

 古都子は、自分の魔法をもっと有効につかえないか、悩んでいると打ち明けた。

「農作業には、すごく有用なんです。だけど、もしかしたら他にも、役に立つんじゃないかと思って」

 古都子が溜め池に視線をちらちらと向けるから、ホランティ伯爵にも考えが伝わったらしい。

「そうか、コトコの魔法は土木工事と相性がいいかもしれないね。例えば、どんな土魔法がつかえる?」
「土の硬さを変えられます」

 驚いたホランティ伯爵が、少し目を見開いた。
 
「ちょうどいい、実は水路を掘削していて、困ったことが起きてね」

 先ほどまで眺めていた設計図を、古都子にも見せてくれる。
 そこには溜め池から田んぼへと、効率よく配水するための水路案が書かれている。
 しかし、数カ所に✕印があり、ホランティ伯爵はそこを指さした。

「ここで工事が止まっているんだ。頑丈な地質に変わるようで、これまでの掘削機では歯が立たない」

 指をすっと横へ移動させる。
 その流れに沿って、硬い地層があるのだろう。
 
「その辺りを、柔らかくすればいいんですね?」
「お願いできるか? 水路の幅だけでいいんだ」
「やってみます!」

 古都子は、✕印の地点まで移動する。
 後ろからホランティ伯爵もついてきた。
 現場へつくと、そこで作業をしていた男性たちが、一斉にホランティ伯爵へ頭を下げた。

「コトコじゃないか、どうした?」

 その中に、イルッカおじいさんもいたようだ。
 古都子はイルッカおじいさんのそばまで行くと、これから魔法をつかってみると説明した。

「そう言えば、コトコのおかげでうちの畑はフカフカになった。土を柔らかくする魔法には、こういう使い道もあるんだなあ」

 うんうんと頷いて、足元に水路の幅を手で示してくれる。

「ここからここまで、水路にしたいんだ。だが、硬い岩盤の層に遮られている」
「こっち側に向かって、掘っているんだね?」
「そうだ、できれば傾斜もつけたい」
「わかった、やってみる」

 古都子は両手を伸ばし、親指と人差し指で四角い枠をつくる。
 これから絵を描こうとする画家が、構図を決めるポーズだ。
 無意識でしたことだが、古都子はそうやって範囲のイメージを固めると――。

(柔らかくなって! イルッカおじいさんたちが、掘りやすいように!)

 地面に向かって念じた。
 音もしなければ、見た目の変化もない。
 イルッカおじいさん以外の男性は、お互いの顔を見合わせている。
 今、何か起きたか? と囁く声まで聞こえた。

(そうなんです、私の魔法は地味なんです)

 ちょっと顔を赤くした古都子は、イルッカおじいさんに足元を指さしながら伝える。

「もう、柔らかくなってるよ。きっと掘れるはず」

 古都子の言葉に、ホランティ伯爵が指示を出した。
 働き手たちは掘削機を持ってきて、古都子が魔法をかけた辺りを掘り始める。
 すると、これまでは進まなかった硬い地層を、易々と掘り抜けていったのだ。

 おおおおおお!!

 そこで大きな歓声が起きた。
 地味な古都子の土魔法が認められた瞬間だった。
 それからは、✕印のついている箇所を回り、古都子はすべての地盤を柔らかくする。
 滞っていた作業が、一気に進みだした。

「助かったよ、コトコ。土魔法は素晴らしい魔法だ」

 ホランティ伯爵に褒められて、古都子は嬉しくて仕方がない。
 だが、にこにこしている古都子を、ホランティ伯爵が案じる。
 
「かなり魔力をつかわせたと思うが、きつくはないか?」
「え? 魔力?」
「魔法をつかうと、魔力が減るだろう。つかいすぎると倒れることもある」
「私、今まで倒れたことがありません」
「……今までも、今日のように連発して魔法を使っていた?」
「はい。でも、きつくありません」
「ふむ……」

 そこでホランティ伯爵は考え込む。

「これは私の考えでしかないが、コトコの魔法は土という対象に働きかけているおかげで、魔力の消費が少ないのかもしれない」
「他の人は違うんですか?」
「この間、私が風の渦を作っただろう? あれは無から有を生みだした。そういう魔法は魔力を多く消費する」
「無から有を……」
「だが、風が吹いている場所で、その風を操って渦を作れば、魔力の消費は抑えられるんだ」

 古都子にも理屈が分かってきた。
 
「じゃあ、私はそのおかげで、魔力が減りにくいんですね?」
「……どうもそれだけじゃない気がする」

 ホランティ伯爵はじっと古都子を見つめる。
 そして、ふわっと微笑んだ。

「コトコ、これまで土を柔らかくする魔法で、たくさん手伝いをしただろう?」
「ヘルミおばあさんと一緒に、畑を耕しました」
 
 玉ねぎと、さやえんどうと――古都子が指を折り数えていると、ホランティ伯爵が肩を揺らして笑い出した。

「やはりそうか。魔法というのは、つかえばつかうだけ、魔法も本人も成長するんだ」
「つかえばつかうだけ?」
「多くの貴族や王族の子は、10歳前後で魔法に目覚める。しかし、どの魔法も最初は地味なんだ」
「私の土魔法も、ちょこっと土が盛り上がるだけでした」
「それにがっかりした子は、それ以降、あまり魔法をつかわなくなる」

 古都子も、初めての魔法にはしょんぼりしたものだ。
 だがそれは、土魔法だけではなかった。
 
(ほかの魔法も、地味だったんだ)
 
 しかし古都子は、目の前の農作業には最適だったら、使い続けた。

「大人はそのほうが都合がいいから、つかえばつかうほど魔法が強くなることを子に教えない。どうせ、魔法学園に通えば習うことだしね」
「都合がいいんですか?」
「大魔法を身につけてしまった年端もいかない子は、危なっかしいだろう?」

 魔法をつかわせないのは、子どもを護るためでもあるのだ。
 
「だがコトコは違う。魔法を他の人のためにつかおうとする精神が尊い」

 ホランティ伯爵は目を細める。

「環境も良かった。保護してくれたイルッカやヘルミの役に立ちたいという思いが、コトコを農作業へ向かわせた。私が屋敷に引き取ってしまっていれば、コトコの土魔法の発現は、もっと遅れたかもしれない」

 イルッカおじいさんもヘルミおばあさんも、毎日、田畑の世話をしている。
 それを手伝っているうちに、自然と古都子の魔法は成長した。
 役に立てる土魔法で良かった、と今では古都子も思う。

「16歳になって魔法学園に入学したら、もっと多くのことを学ぶだろう。だが大切なのは、何のために魔法をつかうか、ということなんだ」