「はあ、緊張する。いつも制服で踊ってたから……」
卒業式の当日。
古都子は、真っ白なドレスを着ていた。
隣にいる晴臣は、真っ黒なタキシード姿だ。
これもジャージと同じく、学園から用意された衣装だった。
貴族も王族も異世界人も、身分の差に関係なく、同じものを着用する。
「これから会場に入って、国王陛下と保護者席へ礼をしたら、最初にダンスを披露する。それから……」
段取りをぶつぶつ呟く古都子の背に、そっと晴臣が手を添える。
その温もりで、どきどきしていた心が凪いだ。
「そうよね、まずは落ち着かないと」
「ん」
すうはあと深呼吸をして、古都子は高揚していた気持ちを宥める。
「よろしくね、晴くん。その、卒業したら、すぐ……」
「入籍しに行こう」
ふたりとも、すでに職に関しては内定をもらっている。
そして四月からは、王城にある職員向けの住宅施設で、新生活を始める予定だ。
ソフィアの薦めもあって、ふたり一緒に入れる既婚者向けの部屋を借りた。
ある程度の家具は揃っているらしいので、引っ越しをしたら、細々したものを買いに行こうと相談している。
(本当に晴くんと、結婚するんだ。まだ実感が湧かないな)
ただ幸せで、心がぽかぽかする。
なんとか滞りなく卒業式を乗り切って、晴臣と一緒に人生を歩む準備をしよう。
そう古都子は願っていたのだが、最後まで数奇な運命が邪魔をする。
◇◆◇
《我が呼びかけに応えよ僕、そして我が命に従え》
呪文の詠唱が終わると同時に、卒業式会場には氷のゴーレムが三体も現れた。
生徒からも保護者からも悲鳴が上がる。
ダンスをしていたオラヴィとエッラは、すぐさま護衛対象であるソフィアとミカエルの前に立つが、屈強なゴーレムの腕に弾き飛ばされてしまった。
ダンスの邪魔になるからと、剣を腰から外していたのが仇となった。
「うわああああ!」
「きゃあ!」
「っく!」
三体のゴーレムが狙いを定めたのは、王族の三人だった。
ミカエル、ソフィア、ユリウスが、ゴーレムの手の中に閉じ込められる。
「いいぞ、下僕たち。そのまま魔力を吸ってしまえ」
カツンカツンと靴音をさせて入場してきたのは、銀髪に赤い瞳の長身痩躯の男性だ。
その言葉通り、ゴーレムに囚われていた三人は、急にぐったりとしてしまう。
なんらかの方法でゴーレムが魔力を奪い、魔力切れの状態になったのだろう。
「何の真似ですか、兄さん!? ここは研究室でも実験室でもない、卒業式の会場ですよ!?」
高い観客席から、国王オスカリが身を乗り出して叫ぶ。
金髪に金の瞳、外見はミカエルによく似ている。
ただし、年相応の渋みと、にじみ出る英知が、印象を異ならせていた。
国王が兄と呼んだ相手は、右手に持つ銀色の杖をくるりと回す。
そしてニヤリと笑うと質問に答えた。
「分かっているよ。ここに王位継承者が揃い踏みになるのを、待っていたんだからねえ」
ビシッと杖を国王へ向けると、王兄アンテロはいけしゃあしゃあと宣った。
「ちょっと、王冠を僕に渡してくれないか? きっと足りないのは、それなんだ」
「何を言ってるんですか? この状況で……」
「この状況だからだろう? お前は子どもたちと弟を盾に取られ、僕に脅されているんだぞ?」
騒がしかった会場は、なぜか始まった王家兄弟の言い合いを、息を飲んで見守っている。
「国王なんて面倒くさいと、言っていたじゃないですか」
「そうだ、面倒くさい。人のために働くなんて、ゾッとする」
「だったらどうして、今頃になって王冠を要求するんですか?」
古都子のいる位置からでも、国王が頭を抱えているのが分かる。
それだけ、アンテロの言っている内容は破綻していた。
(この人が四月から私の上司、なんだよね?)
兄弟のやり取り以上に、古都子はそのことに衝撃を受けていた。
くらりと傾いた体を、寄り添っていた晴臣が抱き締める。
「晴くん、これ、どういう状況?」
「分からない」
晴臣は無表情だが、どことなく迷惑そうな雰囲気を漂わせている。
それもそうだろう、卒業式が終わらないと、古都子と結婚できないのだ。
会場の真ん中と観客席の間では、まだ言い争いが続いていた。
「ちょっとだけでいいんだ。ヒルダへ求婚する際に、僕の頭に王冠があれば、見栄えがいいだろう?」
「王冠は飾りじゃないんですよ!」
「すぐに返すから」
「簡単に、貸し借りできるものはないんです!」
「じゃあ一日だけ」
埒が明かなかった。
しかし、そこへ救世主が現れる。
「そんな無駄なことはしなくていい。王冠があろうがなかろうが、求婚を受けるつもりはない」
保護者席から立ち上がったのは、ホランティ伯爵だった。
いつものように、馬に跨れる男装をしている。
「ホランティ伯爵、来てくれたんですね!」
古都子は、あまりの嬉しさに、声を上げてしまった。
一応、卒業式の案内状を送ってはいたが、直前まで仕事が入っていて、難しいかもしれないと返事があったのだ。
だが古都子のために、忙しい中、駆け付けてくれたのだろう。
感激している古都子へ、軽く手を振って挨拶をすると、ホランティ伯爵はすぐに国王へ頭を垂れた。
「御前に失礼します。お久しぶりです、国王陛下」
「ヒルダ! どうしてここに!?」
ホランティ伯爵が国王へ挨拶をしているのを、遮ったのはアンテロだ。
そして会場から保護者席へ、銀髪をなびかせて駆けあがる。
国王の周囲を護衛していた騎士たちの間に緊張が走ったが、アンテロは国王には見向きもしない。
真っすぐにホランティ伯爵の席へ向かうと、その足元に跪いた。
「ヒルダ、今日もとても美しい。僕と結婚してくれ!」
「……」
熱烈なアンテロのプロポーズに、ホランティ伯爵は冷たい視線を返す。
それを見た国王も、やれやれと溜め息を零した。
「アンテロよ、これだけ大勢の人へ迷惑をかけておいて、言うことはそれだけか?」
「僕にとって、君以外は有象無象だ」
「……そういう自己中心的なところが、別れた原因だったはずだ」
驚くことに、ホランティ伯爵とアンテロは、元恋人同士だったようだ。
「だが僕にはヒルダしか見えない。見えないものをどうしろと?」
「今日は、領地で保護をした大切な子のために、私は仕事の合間を縫って卒業式へ参加した。その卒業式を、アンテロがぶち壊した」
「っ! それは、すまなかった。謝るよ」
「魔法は人のためにつかうものだと、教えただろう」
「け、研究は人のためになっているだろう? 僕が開発した旅客列車を、見てくれた? ヒルダの温泉に、客がいっぱい来るようにと……」
今度は、ホランティ伯爵とアンテロの間で、問答になっている。
古都子は、捕らえられたままのソフィアたちが、可哀想になってきた。
魔力切れの状態は、眩暈はするし、吐き気はするし、気持ちのいいものではないのだ。
「晴くん、今のうちに三人を助けよう」
「ん」
「どうしたらいいかな、ゴーレムの頭の文字を削ろうにも、三体もいるもんね」
「少しの間、あのゴーレムたちの気を引いてくれる?」
「分かった。ゴーレムがいる辺りだけ、小さな地揺れを起こすね」
古都子は両手の親指と人差し指で、四角い枠をつくる。
その中にゴーレムの足元を収めると、意識を土に向けた。
(ちょっとだけ上下に動いてくれる? 周囲には影響がない程度に)
ゴゴゴゴゴゴ……
古都子の願い通りに、ゴーレムたちの足元だけが揺れた。
よろりと傾いだゴーレムたちが、倒れないように足を踏ん張ろうとしたその一瞬、晴臣の闇魔法が発動する。
晴臣は一度に、三体のゴーレムたちの影を己の使役下に置いた。
氷のゴーレムたちは、自分の影と真正面からぶつかる。
影に両手首を握られ、無理やり手のひらを開かされると、囚われていたミカエルたちが解放される。
すかさずオラヴィとエッラが、救出へと向かった。
掴み合ったままのゴーレムたちは、静かに睨み合っている。
両手が塞がった状態で、どうやって頭の文字を削るのだろうか。
古都子がハラハラして見守っていると、晴臣の操る影は容赦なく、ゴーレムの額を目がけて頭突きした。
素材が氷だったこともあり、衝撃には弱かったようだ。
ゴーレムたちの頭は、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。
卒業式の当日。
古都子は、真っ白なドレスを着ていた。
隣にいる晴臣は、真っ黒なタキシード姿だ。
これもジャージと同じく、学園から用意された衣装だった。
貴族も王族も異世界人も、身分の差に関係なく、同じものを着用する。
「これから会場に入って、国王陛下と保護者席へ礼をしたら、最初にダンスを披露する。それから……」
段取りをぶつぶつ呟く古都子の背に、そっと晴臣が手を添える。
その温もりで、どきどきしていた心が凪いだ。
「そうよね、まずは落ち着かないと」
「ん」
すうはあと深呼吸をして、古都子は高揚していた気持ちを宥める。
「よろしくね、晴くん。その、卒業したら、すぐ……」
「入籍しに行こう」
ふたりとも、すでに職に関しては内定をもらっている。
そして四月からは、王城にある職員向けの住宅施設で、新生活を始める予定だ。
ソフィアの薦めもあって、ふたり一緒に入れる既婚者向けの部屋を借りた。
ある程度の家具は揃っているらしいので、引っ越しをしたら、細々したものを買いに行こうと相談している。
(本当に晴くんと、結婚するんだ。まだ実感が湧かないな)
ただ幸せで、心がぽかぽかする。
なんとか滞りなく卒業式を乗り切って、晴臣と一緒に人生を歩む準備をしよう。
そう古都子は願っていたのだが、最後まで数奇な運命が邪魔をする。
◇◆◇
《我が呼びかけに応えよ僕、そして我が命に従え》
呪文の詠唱が終わると同時に、卒業式会場には氷のゴーレムが三体も現れた。
生徒からも保護者からも悲鳴が上がる。
ダンスをしていたオラヴィとエッラは、すぐさま護衛対象であるソフィアとミカエルの前に立つが、屈強なゴーレムの腕に弾き飛ばされてしまった。
ダンスの邪魔になるからと、剣を腰から外していたのが仇となった。
「うわああああ!」
「きゃあ!」
「っく!」
三体のゴーレムが狙いを定めたのは、王族の三人だった。
ミカエル、ソフィア、ユリウスが、ゴーレムの手の中に閉じ込められる。
「いいぞ、下僕たち。そのまま魔力を吸ってしまえ」
カツンカツンと靴音をさせて入場してきたのは、銀髪に赤い瞳の長身痩躯の男性だ。
その言葉通り、ゴーレムに囚われていた三人は、急にぐったりとしてしまう。
なんらかの方法でゴーレムが魔力を奪い、魔力切れの状態になったのだろう。
「何の真似ですか、兄さん!? ここは研究室でも実験室でもない、卒業式の会場ですよ!?」
高い観客席から、国王オスカリが身を乗り出して叫ぶ。
金髪に金の瞳、外見はミカエルによく似ている。
ただし、年相応の渋みと、にじみ出る英知が、印象を異ならせていた。
国王が兄と呼んだ相手は、右手に持つ銀色の杖をくるりと回す。
そしてニヤリと笑うと質問に答えた。
「分かっているよ。ここに王位継承者が揃い踏みになるのを、待っていたんだからねえ」
ビシッと杖を国王へ向けると、王兄アンテロはいけしゃあしゃあと宣った。
「ちょっと、王冠を僕に渡してくれないか? きっと足りないのは、それなんだ」
「何を言ってるんですか? この状況で……」
「この状況だからだろう? お前は子どもたちと弟を盾に取られ、僕に脅されているんだぞ?」
騒がしかった会場は、なぜか始まった王家兄弟の言い合いを、息を飲んで見守っている。
「国王なんて面倒くさいと、言っていたじゃないですか」
「そうだ、面倒くさい。人のために働くなんて、ゾッとする」
「だったらどうして、今頃になって王冠を要求するんですか?」
古都子のいる位置からでも、国王が頭を抱えているのが分かる。
それだけ、アンテロの言っている内容は破綻していた。
(この人が四月から私の上司、なんだよね?)
兄弟のやり取り以上に、古都子はそのことに衝撃を受けていた。
くらりと傾いた体を、寄り添っていた晴臣が抱き締める。
「晴くん、これ、どういう状況?」
「分からない」
晴臣は無表情だが、どことなく迷惑そうな雰囲気を漂わせている。
それもそうだろう、卒業式が終わらないと、古都子と結婚できないのだ。
会場の真ん中と観客席の間では、まだ言い争いが続いていた。
「ちょっとだけでいいんだ。ヒルダへ求婚する際に、僕の頭に王冠があれば、見栄えがいいだろう?」
「王冠は飾りじゃないんですよ!」
「すぐに返すから」
「簡単に、貸し借りできるものはないんです!」
「じゃあ一日だけ」
埒が明かなかった。
しかし、そこへ救世主が現れる。
「そんな無駄なことはしなくていい。王冠があろうがなかろうが、求婚を受けるつもりはない」
保護者席から立ち上がったのは、ホランティ伯爵だった。
いつものように、馬に跨れる男装をしている。
「ホランティ伯爵、来てくれたんですね!」
古都子は、あまりの嬉しさに、声を上げてしまった。
一応、卒業式の案内状を送ってはいたが、直前まで仕事が入っていて、難しいかもしれないと返事があったのだ。
だが古都子のために、忙しい中、駆け付けてくれたのだろう。
感激している古都子へ、軽く手を振って挨拶をすると、ホランティ伯爵はすぐに国王へ頭を垂れた。
「御前に失礼します。お久しぶりです、国王陛下」
「ヒルダ! どうしてここに!?」
ホランティ伯爵が国王へ挨拶をしているのを、遮ったのはアンテロだ。
そして会場から保護者席へ、銀髪をなびかせて駆けあがる。
国王の周囲を護衛していた騎士たちの間に緊張が走ったが、アンテロは国王には見向きもしない。
真っすぐにホランティ伯爵の席へ向かうと、その足元に跪いた。
「ヒルダ、今日もとても美しい。僕と結婚してくれ!」
「……」
熱烈なアンテロのプロポーズに、ホランティ伯爵は冷たい視線を返す。
それを見た国王も、やれやれと溜め息を零した。
「アンテロよ、これだけ大勢の人へ迷惑をかけておいて、言うことはそれだけか?」
「僕にとって、君以外は有象無象だ」
「……そういう自己中心的なところが、別れた原因だったはずだ」
驚くことに、ホランティ伯爵とアンテロは、元恋人同士だったようだ。
「だが僕にはヒルダしか見えない。見えないものをどうしろと?」
「今日は、領地で保護をした大切な子のために、私は仕事の合間を縫って卒業式へ参加した。その卒業式を、アンテロがぶち壊した」
「っ! それは、すまなかった。謝るよ」
「魔法は人のためにつかうものだと、教えただろう」
「け、研究は人のためになっているだろう? 僕が開発した旅客列車を、見てくれた? ヒルダの温泉に、客がいっぱい来るようにと……」
今度は、ホランティ伯爵とアンテロの間で、問答になっている。
古都子は、捕らえられたままのソフィアたちが、可哀想になってきた。
魔力切れの状態は、眩暈はするし、吐き気はするし、気持ちのいいものではないのだ。
「晴くん、今のうちに三人を助けよう」
「ん」
「どうしたらいいかな、ゴーレムの頭の文字を削ろうにも、三体もいるもんね」
「少しの間、あのゴーレムたちの気を引いてくれる?」
「分かった。ゴーレムがいる辺りだけ、小さな地揺れを起こすね」
古都子は両手の親指と人差し指で、四角い枠をつくる。
その中にゴーレムの足元を収めると、意識を土に向けた。
(ちょっとだけ上下に動いてくれる? 周囲には影響がない程度に)
ゴゴゴゴゴゴ……
古都子の願い通りに、ゴーレムたちの足元だけが揺れた。
よろりと傾いだゴーレムたちが、倒れないように足を踏ん張ろうとしたその一瞬、晴臣の闇魔法が発動する。
晴臣は一度に、三体のゴーレムたちの影を己の使役下に置いた。
氷のゴーレムたちは、自分の影と真正面からぶつかる。
影に両手首を握られ、無理やり手のひらを開かされると、囚われていたミカエルたちが解放される。
すかさずオラヴィとエッラが、救出へと向かった。
掴み合ったままのゴーレムたちは、静かに睨み合っている。
両手が塞がった状態で、どうやって頭の文字を削るのだろうか。
古都子がハラハラして見守っていると、晴臣の操る影は容赦なく、ゴーレムの額を目がけて頭突きした。
素材が氷だったこともあり、衝撃には弱かったようだ。
ゴーレムたちの頭は、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。