「制服はブレザーなんだ、可愛い!」
ホランティ伯爵と別れ、案内された寮の部屋へ入った古都子は、荷解きをしていた。
そして備え付けのクローゼットにかけられた、深緑色の制服を見つけたのだ。
シスコの服を古都子の体形に直してくれていたヘルミおばあさんのおかげで、前もって制服の仕立て屋に古都子のサイズは伝えられている。
袖を通してみると、それがオーダーメイドなのが分かった。
「ぴったりだ。けっこうスカートは長めなんだね」
日本の女子高校生のような、膝上丈ではない。
ふくらはぎまで隠れる長さは、ちょっと新鮮だった。
「中学校の制服より、うんと大人っぽいな」
姿鏡の前で、古都子はくるくる回ってみる。
三日後の入学式が待ち遠しい。
もしかしたら晴臣に会えるかもしれない、という期待もある。
だが、浮かれてばかりもいられない。
「ホランティ伯爵に言われたように、予習をしておこう」
魔法学園に入学が決まった当初、古都子はこちらの世界の文字が分かるのか不安だったのだが、ホランティ伯爵いわく、話し言葉が通じるのと同じで、文字も異世界人にはなぜか母国語のように理解できるらしい。
勉強机の上には、8冊の教科書と辞書が積まれていた。
古都子が分かり易いように、ここに置いてくれたのだろう。
横には腰高の本棚もあって、さっそく教科書と辞書をそこへ並べた。
次いでホランティ伯爵が道中で買ってくれた文房具や、ヘルミおばあさんが持たせてくれたお小遣いなどを、机の引き出しに仕舞う。
「よし、荷物の整理も終わったし、どの教科書から読もうかな? 『魔法基礎学1』、『魔法の歴史』、『魔物について』……魔物? この世界には魔物なんているの?」
興味をひかれた古都子は、辞書の次に分厚いそれを手に取る。
そして木の椅子に腰かけると、最初のページをめくった。
挿絵もあって分かり易い『魔物について』を、古都子は夢中で読みふける。
夕食の時間になっても食堂へこない古都子を心配し、寮母さんが部屋へ呼びに来て、初めて辺りの薄暗さに気づくまで。
それから古都子は三日間、部屋にこもって教科書ばかり読んで過ごした。
これまで、のどかな田舎のフィーロネン村で過ごした古都子にとって、教科書と言えども本は紛れもなく娯楽だったのだ。
そのせいで、女子の間にできた派閥からすっかり取りこぼされていたが、古都子はまったく気がついていなかった。
◇◆◇
「緊張するわ。どうか晴くんがいますように!」
ぎゅっと手を組み合わせ祈ると、古都子はそろりと入学式の会場へと足を踏み入れた。
先ほどから、新入生たちが先輩に案内されて、次々と席についている。
それを見ながら、古都子も新入生たちの集団へ近づいていくと――。
「古都子!」
まだ誰にも自己紹介をしていないのに、背後から名前を呼ばれた。
そして古都子が後ろを振り返るより早く、その体が晴臣の両腕の中に囲い込まれた。
「え? 晴くんなの?」
「よかった……やっぱり古都子も、こっちの世界に飛んできてたんだな」
古都子は、晴臣に名前を呼ばれたのがいつぶりなのか、覚えていない。
そして晴臣は、こんなに流暢にしゃべるキャラではなかったはずだ。
そろりと見上げると、かなり背が高くなった晴臣が、嬉しそうに古都子を見つめていた。
顔だちからは少年らしさが抜け、髪が長く精悍になっていたが、古都子の知る晴臣の面影がある。
「間違いない……晴くんだ」
「そうだ、俺だ」
古都子の目に、じわりと涙が浮かぶ。
声変わりしたらしい晴臣の低い声が、ふたりが離れていた年数を物語る。
「晴くん、大きくなって、声も変わって……」
「古都子は変わってないな。おかげですぐに見つけられた」
笑う晴臣に、たまらず古都子は抱き着いた。
会えた。
会いたかった晴臣に会えた。
嬉しくて、心臓がぎゅっとなる。
再会を喜ぶふたりだったが、ここは入学式の会場で、周りには多くの生徒がいる。
そんな場所で抱き合うふたりは、間違いなく注目の的になっていたのだろう。
「ちょっと、早く席に着きなさい!」
注意を受けてしまった。
すみません、と謝ろうとした古都子だったが、声の方を見て硬直する。
「ゆ、結月先生?」
「飛んできたのは、あなたたちだけじゃないってこと。泉さんもいるわよ」
結月が顎で示したほうを見ると、すでに新入生の集団に馴染んでいるリリナがいた。
「あの理科実験室にいたメンバーが、この世界に飛ばされたってこと。分かったら、さっさと着席してちょうだい。この場を任されているのは私なんだから」
飛んだ先でも、先生をしているらしい結月には驚かされた。
それに、ホランティ伯爵から聞いた貴族の養女となった異世界人が、リリナだったことも判明した。
促されて、古都子と晴臣は大人しく席に着く。
順番は決まっていないようだったので、ふたりは並んで座った。
さっきまで抱き合っていたが、今になってそれが恥ずかしくなる。
「晴くん、あとでゆっくり話そうね」
「ん」
頬が赤らんでいるのは、古都子だけではない。
周りが見えていなかった晴臣もまた、自分の行いの大胆さに、今さら恥ずかしさを感じていた。
もじもじするふたりは、ときおり腕が触れあう距離で、入学式が始まるのを待った。
◇◆◇
学園長の祝辞に続いて先輩たちの歓迎の言葉も終わり、新しく赴任する先生の紹介が始まる。
すると、どこからか「きゃー!」という黄色い声がした。
原因はすぐに分かった。
登壇した新任の先生というのが、水も滴る麗人だったからだ。
流れるような長い銀髪に、印象的な赤い瞳、姿勢の良さが完璧なスタイルをさらに際立たせている。
本人が爽やかに自己紹介をしたことで、国王の弟ユリウスであると分かる。
こんなに身分の高い人が、教職に就くのかと古都子は驚いた。
「ユリウス先生には、新一年生を担当してもらいます」
学園長の朗々とした声が響く。
がっかりした先輩たちの声に混じって、新入生のひそひそ話も聞こえてきた。
「ミカエルさまとソフィアさまの警護ために、就任されたって噂よ」
「おふたりとも、護衛つきで入学されたのに?」
「護衛と言っても彼らも生徒だしね。先生のほうが都合がいい場面もあるでしょ?」
「おかげで私たちは役得よ。王弟殿下をユリウス先生って呼べるんだもの」
静かにしなさい! と結月がおしゃべりな新入生を注意して回る。
大胆な新入生は、それでもまだ口を閉じない。
「三年生にいる姉から聞いたのだけど、あの異世界人の先生、要注意らしいわ」
「どういうこと?」
「すぐ生徒に八つ当たりするんですって。それに正確には、先生でもないらしいのよ」
それが聞こえた古都子は、思わず首をすくめた。
結月はこちらの世界でも、以前の中学校と同じことをしているようだ。
「30歳になって、結婚を焦ってるんですって。だからあの先生の前で、うっかり婚約者と仲良くしたら、目をつけられるって噂よ」
「やだあ、気を付けなくちゃ。私の婚約者、二年生にいるのよ」
古都子と晴臣は、そんな結月の前で再会を喜び、抱き合ってしまった。
ただでさえ絡まれやすい地味属性の古都子にとって、幸先が思いやられる展開だった。
◇◆◇
入学式が終わり、教室への移動が始まった。
古都子は晴臣と並んで、列の最後尾あたりを歩く。
「クラスがひとつしかなくて良かったね」
「ん」
ふたりとも、こちらの世界に来てから人見知りは治っている。
それでも、できるだけ一緒にいたいという気持ちは変わらない。
理由が、独占欲や心細さではないのは、もう古都子にも分かっている。
「晴くん、よかったら今日――」
一緒に寮まで帰ろう、と誘いかけた古都子を、大きな声で呼び止める者がいた。
ホランティ伯爵と別れ、案内された寮の部屋へ入った古都子は、荷解きをしていた。
そして備え付けのクローゼットにかけられた、深緑色の制服を見つけたのだ。
シスコの服を古都子の体形に直してくれていたヘルミおばあさんのおかげで、前もって制服の仕立て屋に古都子のサイズは伝えられている。
袖を通してみると、それがオーダーメイドなのが分かった。
「ぴったりだ。けっこうスカートは長めなんだね」
日本の女子高校生のような、膝上丈ではない。
ふくらはぎまで隠れる長さは、ちょっと新鮮だった。
「中学校の制服より、うんと大人っぽいな」
姿鏡の前で、古都子はくるくる回ってみる。
三日後の入学式が待ち遠しい。
もしかしたら晴臣に会えるかもしれない、という期待もある。
だが、浮かれてばかりもいられない。
「ホランティ伯爵に言われたように、予習をしておこう」
魔法学園に入学が決まった当初、古都子はこちらの世界の文字が分かるのか不安だったのだが、ホランティ伯爵いわく、話し言葉が通じるのと同じで、文字も異世界人にはなぜか母国語のように理解できるらしい。
勉強机の上には、8冊の教科書と辞書が積まれていた。
古都子が分かり易いように、ここに置いてくれたのだろう。
横には腰高の本棚もあって、さっそく教科書と辞書をそこへ並べた。
次いでホランティ伯爵が道中で買ってくれた文房具や、ヘルミおばあさんが持たせてくれたお小遣いなどを、机の引き出しに仕舞う。
「よし、荷物の整理も終わったし、どの教科書から読もうかな? 『魔法基礎学1』、『魔法の歴史』、『魔物について』……魔物? この世界には魔物なんているの?」
興味をひかれた古都子は、辞書の次に分厚いそれを手に取る。
そして木の椅子に腰かけると、最初のページをめくった。
挿絵もあって分かり易い『魔物について』を、古都子は夢中で読みふける。
夕食の時間になっても食堂へこない古都子を心配し、寮母さんが部屋へ呼びに来て、初めて辺りの薄暗さに気づくまで。
それから古都子は三日間、部屋にこもって教科書ばかり読んで過ごした。
これまで、のどかな田舎のフィーロネン村で過ごした古都子にとって、教科書と言えども本は紛れもなく娯楽だったのだ。
そのせいで、女子の間にできた派閥からすっかり取りこぼされていたが、古都子はまったく気がついていなかった。
◇◆◇
「緊張するわ。どうか晴くんがいますように!」
ぎゅっと手を組み合わせ祈ると、古都子はそろりと入学式の会場へと足を踏み入れた。
先ほどから、新入生たちが先輩に案内されて、次々と席についている。
それを見ながら、古都子も新入生たちの集団へ近づいていくと――。
「古都子!」
まだ誰にも自己紹介をしていないのに、背後から名前を呼ばれた。
そして古都子が後ろを振り返るより早く、その体が晴臣の両腕の中に囲い込まれた。
「え? 晴くんなの?」
「よかった……やっぱり古都子も、こっちの世界に飛んできてたんだな」
古都子は、晴臣に名前を呼ばれたのがいつぶりなのか、覚えていない。
そして晴臣は、こんなに流暢にしゃべるキャラではなかったはずだ。
そろりと見上げると、かなり背が高くなった晴臣が、嬉しそうに古都子を見つめていた。
顔だちからは少年らしさが抜け、髪が長く精悍になっていたが、古都子の知る晴臣の面影がある。
「間違いない……晴くんだ」
「そうだ、俺だ」
古都子の目に、じわりと涙が浮かぶ。
声変わりしたらしい晴臣の低い声が、ふたりが離れていた年数を物語る。
「晴くん、大きくなって、声も変わって……」
「古都子は変わってないな。おかげですぐに見つけられた」
笑う晴臣に、たまらず古都子は抱き着いた。
会えた。
会いたかった晴臣に会えた。
嬉しくて、心臓がぎゅっとなる。
再会を喜ぶふたりだったが、ここは入学式の会場で、周りには多くの生徒がいる。
そんな場所で抱き合うふたりは、間違いなく注目の的になっていたのだろう。
「ちょっと、早く席に着きなさい!」
注意を受けてしまった。
すみません、と謝ろうとした古都子だったが、声の方を見て硬直する。
「ゆ、結月先生?」
「飛んできたのは、あなたたちだけじゃないってこと。泉さんもいるわよ」
結月が顎で示したほうを見ると、すでに新入生の集団に馴染んでいるリリナがいた。
「あの理科実験室にいたメンバーが、この世界に飛ばされたってこと。分かったら、さっさと着席してちょうだい。この場を任されているのは私なんだから」
飛んだ先でも、先生をしているらしい結月には驚かされた。
それに、ホランティ伯爵から聞いた貴族の養女となった異世界人が、リリナだったことも判明した。
促されて、古都子と晴臣は大人しく席に着く。
順番は決まっていないようだったので、ふたりは並んで座った。
さっきまで抱き合っていたが、今になってそれが恥ずかしくなる。
「晴くん、あとでゆっくり話そうね」
「ん」
頬が赤らんでいるのは、古都子だけではない。
周りが見えていなかった晴臣もまた、自分の行いの大胆さに、今さら恥ずかしさを感じていた。
もじもじするふたりは、ときおり腕が触れあう距離で、入学式が始まるのを待った。
◇◆◇
学園長の祝辞に続いて先輩たちの歓迎の言葉も終わり、新しく赴任する先生の紹介が始まる。
すると、どこからか「きゃー!」という黄色い声がした。
原因はすぐに分かった。
登壇した新任の先生というのが、水も滴る麗人だったからだ。
流れるような長い銀髪に、印象的な赤い瞳、姿勢の良さが完璧なスタイルをさらに際立たせている。
本人が爽やかに自己紹介をしたことで、国王の弟ユリウスであると分かる。
こんなに身分の高い人が、教職に就くのかと古都子は驚いた。
「ユリウス先生には、新一年生を担当してもらいます」
学園長の朗々とした声が響く。
がっかりした先輩たちの声に混じって、新入生のひそひそ話も聞こえてきた。
「ミカエルさまとソフィアさまの警護ために、就任されたって噂よ」
「おふたりとも、護衛つきで入学されたのに?」
「護衛と言っても彼らも生徒だしね。先生のほうが都合がいい場面もあるでしょ?」
「おかげで私たちは役得よ。王弟殿下をユリウス先生って呼べるんだもの」
静かにしなさい! と結月がおしゃべりな新入生を注意して回る。
大胆な新入生は、それでもまだ口を閉じない。
「三年生にいる姉から聞いたのだけど、あの異世界人の先生、要注意らしいわ」
「どういうこと?」
「すぐ生徒に八つ当たりするんですって。それに正確には、先生でもないらしいのよ」
それが聞こえた古都子は、思わず首をすくめた。
結月はこちらの世界でも、以前の中学校と同じことをしているようだ。
「30歳になって、結婚を焦ってるんですって。だからあの先生の前で、うっかり婚約者と仲良くしたら、目をつけられるって噂よ」
「やだあ、気を付けなくちゃ。私の婚約者、二年生にいるのよ」
古都子と晴臣は、そんな結月の前で再会を喜び、抱き合ってしまった。
ただでさえ絡まれやすい地味属性の古都子にとって、幸先が思いやられる展開だった。
◇◆◇
入学式が終わり、教室への移動が始まった。
古都子は晴臣と並んで、列の最後尾あたりを歩く。
「クラスがひとつしかなくて良かったね」
「ん」
ふたりとも、こちらの世界に来てから人見知りは治っている。
それでも、できるだけ一緒にいたいという気持ちは変わらない。
理由が、独占欲や心細さではないのは、もう古都子にも分かっている。
「晴くん、よかったら今日――」
一緒に寮まで帰ろう、と誘いかけた古都子を、大きな声で呼び止める者がいた。