「……もとに戻っただけ。なにも悲しいことなんてない」


 愛なんてくだらないと。

 はじめから、知っていたはずだ。


 泡沫の夢に溺れて、感覚がおかしくなってしまった。

 悲しいなどという感情は、とっくに消さなければいけないものだったのに。


 もう、いっそ。


────死んでしまおうか。


 あの日、彼と出会ったこと自体が、最初から間違いで。

 とっくに消えていたはずの命は、奇跡的に今の今まで繋がれているけれど、もう必要ない。


 カーンカーンと踏み切りの音がする。

 少し前に時間が巻き戻されたような感覚だ。先輩という人に出逢う、その前に。


 ぎゅ、と手に力がこもる。だんだんと息が上がって、ぷっくりと水滴が目に浮かぶ。


(線路に身体を倒すなんて、簡単なこと)


 一度できたのだから、今回だってきっとできるはず。

 ぎゅっと目をつむって、タイミングを待った。


 すうっと息を吸うと、どこか懐かしい春の匂いがした。