「せめて、約束を果たしてからにしませんか。わたし、ブルーモーメントを見られたら、ちゃんと身を引きます。だから」


 それ以上言葉を紡げなかった。

 何を言っても無駄だと、光を失った目が訴えていた。ゆっくりと視線を落とした先輩が、薄い唇をわずかに震わせる。


「本当はこの間で最後にすればよかったんだ。俺が全部悪いから」

「……っ、そんなふうに言われたくありません。嫌いになったならなったって、はっきりそう言ってください」


 強気なふりをしながら、本当は泣きそうだった。

 唇をぐっと噛みしめていないと、すぐにでも涙がこぼれてしまいそうだった。


 好きだと自覚したあとにこんなことを言われては、引き返せない。もうどうしたって、好きになる前には戻れないのだから。


「……き」


 先輩の瞳が揺れる。

 出会ったときと変わらない、海の色をした瞳だ。


 透き通っていて綺麗な目。



「きらい……だよ」



 そう言った先輩のほうが、わたしよりもずっとずっと泣きそうな顔をしていた。


 言及しても、きっと彼は口を割ってくれない。


 ずしりと響く『きらい』という三文字が頭を中を渦巻き、やばいと思う暇もなくじわりと涙の膜が張る。


「……じゃあ、そういうことだから」


 言い終わる前に身を翻し、去っていく背中を見つめる。


(結局、踊らされていたんだね)


 信じるなんて、なにを馬鹿げたことを思っていたのか。

 寿命が少しだけ延びたことを、ありがたく思うべきなのかもしれない。

 彼と出会って、確実に楽しかった日々があった。


 それらは偽りのない、本当だった。