「先輩の帰る時間まで遅くなってしまって、すみません」
「いいよ別に」
「お手数おかけしま……」
「いいって言ってるだろ」


 となりに並んで電車に揺られる午後五時二十分。となりとは言っても、もちろん片手分くらいの距離は空いているけれど。


「すぐ謝るくせはできるだけ直したほうがいい。俺は瑠胡に謝ってほしいなんて思ってない」


 小さく頭を下げて謝罪すると、必要ないと遮られた。そのまましばらくうつむいていると、「瑠胡」と名前を呼ばれる。


「瑠胡はさ、毎日電車に乗ってるときどこ見てる?」
「え……足元、ですかね」
「やっぱり。そうだろうなって思った」


 行きの電車は混んでいて息が詰まるし、帰りの電車は気分が落ちているから自然と視線も足元へ落ちる。座席に余裕のある日は座って教科書を読んでいるから、それ以外に見るところなどない。


「行きは混んでて無理かもしれねえけど、帰りはこっちを見るのがおすすめ」
「え」


 先輩が指をさしたのは、わたしたちの背中側の窓。そっと振り返ると、鮮やかなピンク色とうっすらとした青色が視界に映った。遠くの方には薄紫色の雲が浮かんでいる。すべてが繊細で、綺麗で、まるで柔らかいタッチで描かれた絵画のようだった。


 世界には、こんなに色があるのだと。忘れかけていた事実に気がつく。


 電車が進むのに合わせて、少しずつ景色がずれていく。それでも空はそのまま変わらない。この景色をそのまま切り取れたらどんなにいいだろう。こんなに綺麗なのに、まったく同じ景色は一瞬だけしか見られないなんて、そんなのもったいない。


「通学するための箱じゃなくてさ、綺麗な景色が見られる乗り物っていう認識にすれば、少しは気分上がらない?」
「上がるかも、しれないです」
「じゃあ明日からはできるだけ窓の外を眺めることだな。足なんかを見るよりずっといい」


 窓の外を見たまま、先輩がそう言って笑う。


「……はい」


 そう頷くのが精一杯だった。熱くなる頬をごまかすように窓の外を眺めながら、眩い光を受ける。