「あ、あの。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 車内がしんと静まる。

 喉がからからに渇いて、どうにかなりそうだった。


「体調不良は責める理由になりませんよ。それに、ここにはあなたを非難する人なんていませんから。頭を下げる必要なんてないのですよ」


 柔らかい声に顔をあげると、座席に座る誰もが、目元を緩めて微笑んでいた。

 もっと迷惑そうな視線を向けられると思っていたのに、それとは真反対の表情を向けられて困惑する。


 優しさだけが、そこにはあった。



「では発車します」


 そんなアナウンスのあと、電車が動きだす。


「ここにお座りになったら? 立っていると疲れてしまうでしょう」


 にこにこと笑みを浮かべる女性が、空いた席をトントンと手で示す。

 促されるまま座ると同時に、強張っていた筋肉がゆるんでいくのを感じた。


「ありがとうございます」

「いいえ。学業は大変だと思うけれど、頑張りすぎるのもほどほどにね?」

「……はい、そうします」


 ふふっ、と上品に微笑んだ女性は、「次で降車だわ」と呟いて、荷物を持った。


「普段一緒にいる彼は、今日は一緒じゃないのね」

「え……?」

「ほら、よく一緒に乗っているでしょ。実はいつも微笑ましいって思って見ているのよ。ごめんなさいね」


 目尻にしわを寄せた女性は、そう言って電車を降りていった。

 意外と見られているのだ、と、途端に熱が集まる。

 けれど、そう言われるのももうないのだと思うと、気持ちが降下していく。


 けれど、以前ほど感情の起伏に酔うことはない。