『これからは、ふたりで楽しく暮らそうね』
彼が本気でそう言っているのなら。
『好きなんだ、芽依ちゃん』
すべてはそれが理由……?
わたしが好きだから、攫ってここに閉じ込めたの?
『一緒に堕ちよっか』
罪を犯すことも、悪事を働くことも厭わずに。
ぐらりと視界が揺れ、思わず目を閉じる。
咄嗟に沸き立った感情は恐怖とも絶望とも言えた。
(どうなっちゃうんだろう、これから……)
朝倉くんの意図が分からない。
彼は絶対にまともじゃない。狂っている。
何を求めているのだろう。
何が望みなのだろう。
突きつけられた鋭利なはさみの刃を思い出す。
わたしは殺されるの……?
そんな恐ろしい想像も、今なら克明に出来てしまった。
朝倉くんの本性とこの異常な状況がもたらした衝撃が、わたしを捉えて離さない。
(逃げなきゃ)
何とかしてここから出なくちゃ。
死にたくない。
拘束されたままの両手でスカートのポケットに触れた。
しかし、いつもならあるはずの硬いスマホの感触が返ってこない。
スマホは取り上げられてしまったようだ。
鞄やほかの荷物もすべて、この部屋には見当たらない。
当たり前と言えば当たり前だけれど、どうすればいいのだろう。
例えばうまく隙をついてこの部屋から出られたとしても、この拘束では逃げられない。
文字通り枷だ。
手か足、せめてどちらか片方だけでも外れたら、まだ少しは動きやすいのに……。
そんなことを考えていると、こんこん、と不意にドアがノックされた。
「芽依ちゃーん。お腹すいた?」
どきりと心臓が跳ねる。
朝倉くんが戻ってきた。
「だ、大丈夫。すいてない……」
食欲なんてあるわけがない。
そもそも朝倉くんに出される食べ物も飲み物も、もう信用出来ないということが分かっている。
しかし、無情にもドアが開かれる。
彼は自分本位なペースを崩さず、再び部屋へと踏み込んできた。
「そんな我慢しなくていいって。はい、どーぞ」
ビニール袋が床に置かれる。
コンビニのものだろう。
「遠慮しないで食べてね。もう薬とか入れてないから安心して」