「!」

 不意に硬く冷たい質感を覚え、その瞬間に肌がすべての感覚を取り戻した。

 長い時間同じ体勢を()いられていたように、身体のあちこちが痛んだ。

 咄嗟に口元に違和感を覚える。
 粘着性の何かが貼られている?

 触れようと手を伸ばしかけたが、そうはいかなかった。
 なぜか思うように動かない。

 固定されているかのような感覚の両手を見下ろし、驚愕と動揺で息を呑む。

(何、これ……)

 手首に手錠をかけられていたのだ。

 ちゃり、という金属音を聞き、一拍遅れて恐怖がやってくる。

 子ども用のおもちゃかもしれないが、今のわたしから冷静さを奪うには充分過ぎる代物だった。

 手の甲で口元に触れてみると、つるりとした表面の感触があった。
 ガムテープか何かだろうか。

「……っ」

 込み上げる不安により呼吸が速くなった。
 吐息が熱くて息苦しい。

 慌てて起き上がろうとして、両方の足首も結束(けっそく)バンドで拘束されていることに気が付いた。

 動くと擦れ、靴下越しでも痛みが走る。

(何なの……?)

 ────誘拐。拉致。監禁。
 そんな不穏な単語が浮かんでは弾けた。

 混乱という渦の中で、自分の激しい鼓動を聞いた。
 恐る恐る辺りを見回す。

 ここは、どこなのだろう?
 何が起きているのだろう……?

 6畳ほどの洋室には、窓がひとつある以外に何もなかった。

 わたしは殺風景(さっぷうけい)な部屋の中央に寝かされていたようだ。

 窓には厚手のカーテンが引かれており、外からの光はほとんど遮断されていた。
 
(何が……、何でこうなったんだっけ?)

 記憶を辿ると、ぼんやりとしていた頭の中の霧がだんだん晴れていく。



(そうだ、朝倉くん!)

 彼の存在を思い出した瞬間、部屋のドアが開かれた。

 戸枠の部分に悠々(ゆうゆう)と朝倉くんが立っている。

「……!」

 ぞわ、と肌が粟立(あわだ)った。

 すべてを理解したわけではないけれど、彼が脅威であることを本能が悟っていた。

「おはよう、芽依ちゃん」

 彼はあくまで態度を変えなかった。
 普段通りの明るい笑顔と優しい声で語りかけてくる。

「君ってば案外ガード緩いんだねー。あんなに簡単に薬盛れるとは思わなかったよ。俺のこと信用してくれてるんだね」

 くすくすと楽しそうに笑っている。

 渡された苺ミルクのキャップが緩かったのは、そういうことだったんだ。

 睡眠薬か何かを仕込まれていた。

 あのとき覚えた違和感を、どうして無視してしまったんだろう。