覗き込むようにして尋ねてくる。
 わたしは慌てて首を横に振った。

「何でもない! 何か新鮮だなって、こういうの」

「……ふふ、そうだね」

 十和くんの手と鼻歌が再開し、ほっと胸を撫で下ろした。
 つくづく読めないし掴めない。
 彼にはとことんお見通しだというのに。

(しばらくは何も出来ないなぁ……)

 何か言うたび、その裏の意図まで見透かされそうな気がした。

 一人暮らしかどうか、あの服が何なのか、ということでさえも尋ねれば、探っているのだと受け取られかねない。



「傷は平気?」

「え?」

「染みたりとかしなかった?」

 自分の脚に目を落とした。
 膝を抱える腕に力が込もる。

「……大丈夫だよ」

 もちろん、お湯も泡もじんじんと染みた。
 中にはまだ血が滲んでくるようなものもあって、生傷(なまきず)だらけの脚は痛々しいと言ったらない。

 それでも“強がる”以外の選択肢をとれば彼を責めることになって、また傷が増えてしまうだろう。

 そんなことを考えていると、十和くんの手が止まった。

(あ、あれ? わたし、何か間違えた……?)

 青ざめたものの、次の瞬間には彼の腕に包まれていた。
 後ろから抱き締められている。

「ごめんね」

 行動としては、数日前の逃げ出そうとした夜、彼に捕まったときと同じだ。
 だけど、何だか雰囲気が全然違う。

「ほんとごめん。俺、あんなこと……芽依ちゃんを苦しめたかったわけじゃないんだよ」

 とても信じられない。
 なのに、嘘をついているようにも聞こえない。

「もう芽依ちゃんと一緒にいられなくなるかも、って思ったら何か必死になっちゃって」

 ぎゅう、と強く抱きすくめられても、痛くなんてなかった。苦しくもなかった。
 振りほどいて拒絶する余地を残してくれている。

「好きなんだよ。……それだけなの」

 わずかに掠れた声は、切なげな余韻(よいん)を残して(くう)に溶けた。

 背に預けられた温もりが、頬をくすぐる髪が、回された腕の強さが、意識の内側に滑り込んでくる。

 認めたくないけれど、今だけは確かに十和くんのことしか考えられなくなっていた。

「でも」

 そう言いかけた彼の腕が、するりとほどけていった。

「好きになって、ごめん」