ドライヤーの音だけが響き、十和くんの指先が時折(ときおり)頭に触れる。
 何もしないで座っている間は無心になれた。

 不思議な感覚だった。

 こんな瞬間、これまで通りの日常を生きていたら絶対に訪れなかっただろう。

 こんなふうにふたりきりの空間で、ふたりきりの時間を、彼と過ごすなんて考えられなかった。

 あたたかい風が流れ、シャンプーの香りが漂う。
 わたしのじゃない、知らないにおい。

 少しずつ、十和くんの色に染められていく。



「よし、でーきた」

 ぱち、としばらくして不意にドライヤーの音が止んだ。

(こんなに静かだったっけ?)

 衣擦(きぬず)れの音ひとつひとつが耳につく。
 わたしたちのほかに誰もいない事実を嫌でも突きつけられる。

 ふと頭に彼の両手が載った。

「……!」

 一瞬くすぐったくて思わず身を縮めた。

 すん、と鼻を寄せたのだと一拍遅れて気が付く。

「うん、俺とお揃いのにおい」

 わたしは咄嗟に距離を取ろうとした。
 そうしないと、じわじわと毒が染み込んできそうで。

「待って、動かないで。まだ終わってないから」

 あえなく肩を掴まれ、先ほどと同じ体勢に戻る。
 今度は頭に硬い感触が触れた。

 さっと流れた髪がさらさらこぼれ落ちる。
 こうして髪をブラシで()かすのも、何だか久しぶりのことだった。

 彼は要領よく全体を梳かし終えると、今度は(くし)に持ち替えて同じことをした。

(男の子の家にも、ブラシとか櫛とかあるんだ……)

 確かに十和くんの髪は櫛を通せそうな余地がある。
 もしくは彼の家族のものかもしれない。

 それを使うのはちょっと抵抗はあるけれど、今のわたしはそれを口に出来る立場になかった。

「…………」

 以前あんなふうに乱暴に掴んできたとは思えないほど、十和くんの手つきは優しかった。

 丁寧にわたしの髪に触れながら、機嫌よさげに鼻歌まで歌っている。

(髪触るの、好きなのかな)

 そんな様子を見ていると、ふと思い出してしまう。
 逃げ込んだ一室でたまたま目にした、女性用の洋服のこと────。

 あれは本当に十和くんのものなのかな。
 彼の趣味……なのだろうか。



 聞くに聞けないで躊躇っていると、ぴたりと鼻歌が止んだ。

「どうかした?」