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 お風呂から上がると、脱衣所で素早く元の服を身につけた。

「…………」

 今のところ精神攻撃や身体的に過酷(かこく)な暴力はあっても、性的な暴力がないことが救いだった。

 そこまで及んだら、さすがに絶望して死を選んでしまうかもしれない────。

(仮にここから出られても、先生に合わせる顔がないし……)

 十和くんは、わたしの意を()んでくれているのだろうか。
 もしくは、わたしに“自死(じし)”という選択肢が残っていることを察している?

 あるいは、残酷な彼でも“好き”という気持ちだけは崇高(すうこう)かつ純真で、わたしを尊重してくれているのかもしれない。



「芽依ちゃん、上がったー?」

 こんこん、とドアをノックされる。
 突然のことに驚いて肩が跳ねた。

「あ、うん」

 泡が弾けるように思考が霧散(むさん)していく。
 タオルで髪を拭いつつ、かちりと解錠した。

 目が合った十和くんは心地よさそうに微笑み、顔を傾ける。

「よかった、顔色よくなってる。すっきりした?」

「うん……。ありがとう」

 それはその通りだった。
 もう1週間近くお風呂に入れていなかったのだから。

「じゃあ来て。乾かしてあげるから」

 彼に手を引かれ、わたしは廊下に出た。

 部屋を出るときもそうだったけれど、もう目隠しを強要(きょうよう)されることはなくなっていた。

 既に一度、脱走を試みて家中をほとんど回ったからか、わたしから逃げ出す気力が失せたと踏んだからか、間取りを把握されることへの警戒が解けたのだろう。



 監禁部屋へ戻るなり、わたしの手首には再び手錠がはめられた。
 足首も拘束し直され、大人しく床に座る。

 肩にかけていたタオルを手に取り、十和くんはわたしの髪を優しくかきまぜ始めた。

 特に何も言わず彼の手に(ゆだ)ねていると、背後から呟く声が聞こえてきた。

「何か……素直になったね」

 反抗しても意味がないことを、嫌というほど思い知らされたからだ。

 時間はかかっても、 こうして従っている方がよっぽど脱出への近道なのだと思う。

「……そうかな」

「うん、今の芽依ちゃん凄く可愛いよ」

(……それは単に自分の言うことを聞くから、でしょ)

 従順でいる方が身のためだ、という脅迫かもしれない。
 ────でも。

「ありがとう」

 込み上げる不信感をどうにかおさえ込み、わたしは微笑んでみせた。
 ここではそれが、それだけが武器なのだと悟ったから。