辛い。もう嫌だ。
 傷が疼くたび、そんな感情が湧いては弾けた。

「……っ」

 強く唇を噛み締める。

 血の味がしたのはそのせいか、つけられた傷のせいか分からなかった。

 ────ここは、朝倉くんの独壇場(お城)

 わたしの命は彼次第だとはじめから分かっていたはずなのに、感情的になって我を失っていた。

 あんなふうに真っ向から立ち向かっていくことが、脱出への最短ルートではないのだ。

 わたしは、朝倉くんには敵わない。

(でも、諦めたくない)

 自分の命も、脱出も、先生に再び会うことも……。
 そのために、ちゃんと考えて行動しないと。

(もっと、したたかになろう────)



「!」

 ドアの向こうから足音が近づいてきた。

 わたしは渾身(こんしん)の力を込め、重くだるい身体を起こして床に座った。

 脚の傷が痛んだけれど、構わず正座する。
 ドアを開けた朝倉くんは意外そうな声色で言った。

「お? どうしたの」

 わたしは目を閉じ、ひっそりと息をつく。

 感情もプライドも捨て、無理矢理にでもこの理不尽な状況をすべて受け入れようと思った。

 ちゃり、と手錠が鳴る。
 床に手をつき、頭を下げた。

「ごめんなさい……」

 絞り出した声は小さく掠れた。

 とるべき態度が分かっていても割り切れず、自分の中で自分が抵抗している。

 それでも何とか押し殺し、わたしは顔を伏せたままじっと彼の反応を待った。

 吟味(ぎんみ)するように、興がるように、朝倉くんがわたしを見下ろしていることが分かる。

 返答を迷っているというより、この沈黙すら楽しんでいるようだった。
 完全に(もてあそ)ばれている。

「ねぇ」

 恐る恐る頭をもたげれば、彼は笑って首を傾げた。

「何の“ごめん”?」

 刻まれた切り傷がじくじくと疼く。
 殴られた頬がひりひりと痛む。

 わたしを責め、これほどに痛めつけておいて、分からないはずがない。

 機会を与えるため、あえて聞いているのだ。
 彼の求める答えを口に出来るかどうかで、わたしの処遇(しょぐう)が決まる────。