「でも確かにそろそろ風呂入りたい頃だよね。芽依ちゃんには綺麗でいて欲しいし、明日ボディシート買ってきてあげるね」

 先ほどの延長で、彼はそう言った。

 身体は清潔にしていたいし、それ自体は快挙とも言えるけれど、本質はそこではないのだ。

 お風呂にはもちろん入りたいが、本当の狙いは拘束を解いて貰うことだった。
 そうして逃げ出すことだった。

 しかし、実行に移す前に阻まれてしまった。

(まさか……見抜かれた?)

 だからこそわたしが諦めるに足る提案をしたのかもしれない。

 “洗ってあげる”なんて、拒むに決まっているのだから。

「…………」

 指先の感触が濃くなった。
 朝倉くんの存在が、(むしば)むようにわたしを飲み込んでいく。

(怖い)

 一挙手一投足、一言一句、わたしの心の中のすべて、何もかもを見透かされていたらどうしよう。

 ありえないと分かっているが、こうも何度も的確に機先(きせん)を制されては不安が拭えなくなった。

 ただの嫌悪ではなく、今度は明確な恐怖から粟立った皮膚が疼く。

「はい、どうぞ。慌てなくていいからね」

 とん、と軽く背中を押されたかと思うと、背後でドアの閉まる音がした。

 わたしはさっさと目隠しを外し、鍵をかけてから用を済ませた。

 こんな異常な一連の流れに慣れ始めている自分がいることが、何よりも恐ろしくてたまらない。

 戸惑いや抵抗がなくなっていくことが不安だった。



「…………」

 ぎゅう、と目隠しを強く握り締めたまま、ドアの前に立った。

 これをつけて、解錠してドアを開ければ、またあの虚無(きょむ)の空間へ戻ることになる……。

 そこにあるのは、朝倉くんの豹変(ひょうへん)に怯えながら、命の危機に晒されながら、記憶や想像の中の先生を思って泣くしかない日々だ。

 こんな場所になんてもういられない。
 これ以上、朝倉くんといたくない。

 いつあるとも知れない、あるとも限らない脱出の機会を待って、みすみす殺されたらたまらない。

(殺されないとしても……こんなの、耐えられない)

 わたしの心や身体の充足感も幸せも置き去りにしたまま生きられない。

 それを奪う権利は、朝倉くんにはないはずだ。

(だから────)