────俺はずっと、颯真を愛していたはずだった。

 一生届かなくても、交わらなくても構わなかった。
 両手を血に染めながら生きていく覚悟だってあった。

 彼以外見えなかった。いらなかった。

 だけど、俺は変わった。

 いつしか芽依との生活の中に安らぎを見出し、心地よさを覚えていって。

 颯真を愛することで見ないふりをしていた孤独を、ほんとの意味で忘れることが出来た。

 心に空いた穴が埋まることなんてないと思っていたけれど、彼女が愛で満たしてくれたから。

「ねぇ、芽依」

「ん?」

 そっと離れてこちらを見上げる瞳は、わずかに潤んで見えた。
 頬にかかる髪を指先で流してやり、そのまま手を添える。

 一瞬触れるだけのキスでさえ、不安と恥じらいに見舞われた。

「……それだけ?」

 もの足りないと言わんばかりの表情。それも可愛い。
 俺は思わず、くすりと小さく笑った。

「なに、煽ってるの?」

 そう首を傾げると、彼女は照れくさそうに目を伏せてから顔を上げて「うん」と頷く。

「え」

「だって……もっと近くにいたい。触れて欲しい、って思っちゃう」

 頬に添えた俺の手に自身の手を重ねて握り締める。
 体温が溶け合って、きゅ、と心が震えた。

「だめ……?」

 ……その聞き方はずるい。
 芽依の温もりからも眼差しからも、逃げられない。

「だめじゃない、けど」

「けど?」

「……俺はちょっと怖い。芽依を壊しちゃうかもしれないのと、この幸せが消えてなくなるのが」

 今になって怖気(おじけ)づく。

 血に染まりきったこの手で彼女に触れたら、(けが)してしまいそうで。

 芽依を失いたくない。手離したくない。

 “好き”という気持ちが大きくなるほど、俺は臆病になっていく。

 そんな本心など知るよしもない彼女は、不思議そうな顔をしていた。

「ごめんね」

 そう話を打ち切ろうとしたけれど、芽依に袖を掴まれて(はば)まれる。

 彼女は迷うように視線を彷徨わせ、ややあって顔をもたげた。

「……十和くんの“秘密”のせい?」

 どきりとした。
 芽依はどこまで気付いているのだろう。