そのはずだった。
 というより、殺さなきゃならない。

(殺さなきゃならない、のに)

「…………」

 答えることすら出来ない。

 強張る手を力なく下ろす。
 覆いかぶさっていた体勢から戻った。

 反対に芽依はそろそろと起き上がる。
 俺の手からはさみを取り、逆手に持って自分に向けた。

「分かった。だったら、自分で────」

「……っ」

 彼女がそれを振りかざしたのを見て、咄嗟に身体が動いた。

 はさみを弾き飛ばす。
 引き寄せるように強く抱き締めた。抱きすくめた。

(……だめだ、もう)

 嫌でも自分の本心と向き合わされる。

 無視も言い訳も効かないくらい、いつの間にかすっかり心を奪われていたのだ。

「十和くん……それじゃ殺せないよ?」

「うん」

「わたし……また勘違いしちゃう」

 不安定に揺らいだ芽依の声に、きゅっと胸を締めつけられる。
 思わず腕に力を込めた。

「勘違いじゃない、って言ったら?」

「え……? でも、ぜんぶ嘘だったんでしょ。十和くんはわたしを殺せればそれでよかったんだもん」

「俺もそう思ってた。だから信じたくなかった。……けど、もう認めるしかないじゃん」

 そっと彼女を離すと、その両肩に触れる。

 揺れる芽依の瞳を見つめた。
 驚いたような、それでいて何かを期待するような色。

 ……もしかしたら、ぜんぶ彼女の思惑通りなのかもしれない。

 俺が殺せないことを分かっていて、いや、俺に殺せないよう仕向けて。
 ほんとはこの迷いや葛藤をすべて見透かした上で、望み通りの結末を迎える計算。

(どっちでもいいや)

 真意なんて関係ない。
 今、俺の心にある感情が答えだ。



「好きなんだ、芽依」

 いつか告げた偽りを思い出す。
 本気で言う日が来るなんて、思いもしなかった。

「本、当に……?」

「もう嘘なんかつかないって」

 彼女の手を取り、俺の胸に当てた。
 照れくさいくらいに鼓動は正直だ。

「!」

 はっと目を見張った芽依は、それから力を抜いてはにかむように笑う。

(可愛い……)

 俺はこの笑顔に弱い。
 じわじわと頬が熱を帯びていくのが分かる。

「十和くん!」

「わ」

 ばっと勢いよく抱きつかれ、どうにか受け止めた。
 支えるようにその背中に手を添える。

「わたしも好き。大好き」

「……分かった、分かったから」

 惜しみなく伝えられる想いがくすぐったくて頬が緩んだ。
 俺の負けだ。

(敵わないなぁ、芽依には)