「ごめん……ごめんなさい……」

 よっぽど衝撃的だったのか彼女は手で口元を覆い、震える声でそう繰り返していた。

 恐らく気が付いたのだ。
 俺のほんとの目的に。

 颯真と兄弟だと分かって、彼にしていたことへの責めを負わされる、って。
 何もかも“仕返し”のための計画だったんだ、って。

「やっと分かってくれた? 自分の愛の重みが」

 嘲笑ってやりたかった。

 颯真を追い詰めた彼女が俺にまんまと騙され、こうして無様(ぶざま)に泣き喚いている。

 思い通りの展開だ。
 このまま裏切って殺せば終わり。

 ……なのに、どうしてこうも気が晴れないのだろう。

 痛々しい姿がむしろ心苦しいほど。
 仕向けたのは紛れもなく俺自身なのに。

 情でも移った? ……そんなばかな。

 この戸惑いを早く消し去りたい。
 俺を惑わせる動揺から逃げたい。

 早く殺さなきゃ。
 俺ははさみを逆手(さかて)に持ち直す。

「でも、わたし……。わたし、本当に十和くんのことが好きなの」

 涙の隙間で、芽依は一息で言いきった。
 踏み出しかけた足が止まる。

「十和くんは嘘ついてたんだよね。ぜんぶ嘘だった。好きだって言葉もこの生活も……偽物だった」

「……そうだよ」

「だけど、わたしは嬉しかった。きっと十和くんだったからそう思えた」

 予想外の反応にますます戸惑ってしまう。
 殺すことに初めて躊躇(ちゅうちょ)が生まれた。

「……は、何それ。命()いのつもり?」

 誤魔化すようにせせら笑うと、芽依は唇を噛み締める。
 そのまま立ち上がり、迷わず歩み寄ってきた。

「殺して」

 何を言われたのか理解が遅れる。
 困惑しているうちに、はさみを握り締める手を掴まれた。

「それが十和くんの目的なんでしょ」

 彼女は刃の先端を自身の胸に当てる。
 恐れも不安も抜けきって、いっそ凜然(りんぜん)としてさえいた。

 少し手に力を入れるだけで、刃は芽依の肌に沈み込む。
 何にも阻まれることなくその身体を貫くだろう。

「……っ」

 息が詰まった。
 想像して、思わず怯んだように手を引っ込める。

「……十和くん?」

「…………」

 何も言えずに芽依に背を向けた。
 そのまま部屋から出るとドアに鍵をかける。