「連絡もなしに悪いな」

 いつものように家へ上がろうと一歩踏み込んできたのを見て、俺は慌てて戸枠に腕を伸ばした。
 彼の行く手を阻む。

「ごめん、今日はちょっと」

 今入られたら色々とまずい。
 心臓が早鐘(はやがね)を打った。

 何かうまいこと言い訳出来ればよかったが、咄嗟に思いつかず、黙り込んでしまう。

「……そうか。そういうこともあるよな」

 納得してくれたのかは分からないが、特別(いぶか)しんでいる様子もない。
 ひっそりと安堵した。

「ごめんね、せっかく来てくれたのに」

「いや、突然来た俺が悪かった。これだけでも渡しておく」

 差し出された買い物袋を受け取る。

「ありがと」

 それで帰ってくれるかと思ったが、颯真は動こうとしない。
 真剣な眼差しで俺を捉えたまま口を開く。

「……お前、俺の車使ったか?」

 予想だにしない内容に、どきりとした。
 勢いよく顔を上げる。

 疑問形ではあるものの、既に確信しているようだ。
 誤魔化せない反応をしてしまったし、正直に認めるしかない。

「……バレたかぁ。ちゃんと元通りにしたつもりだったのにな」

 肩をすくめる。

 確かに俺は、気を失った相手を運ぶのに颯真の車を使っていた。
 まさかそんな用途だとは思いもしないだろうけれど。

 彼は(とが)めるように眉を寄せる。

「おい、分かってるのか? 無免許なんだし事故でも起こしたら────」

「分かってるって。ごめんごめん」

 言わんとすることは承知している。
 俺を心配してくれていることも。

 だけど、だからってやめるわけにはいかない。

 颯真はため息をつき、掌を差し出してきた。

「スペアキー返せ」

 ……それもバレていたのか。
 でも、返すことは出来ない。車をスムーズに使えなくなったら困る。

「あー……ごめん、なくした」

「はぁ?」

「ごめん! ほんとにごめんなさい」

 合理的に納得させられないなら、感情に訴えるべきだ。
 俺は眉を下げ、両手を合わせた。

 きっと許してくれる。
 颯真は俺に甘いから。

「一生懸命探すから。あ、手紙のこともちゃんと調べてるよ」

 だめ押しでそう続ければ、颯真ははっとしたような顔をした。

「その件なんだが……」

 と、今度は封筒に手紙ではなく写真が入れられていたことを打ち明けられた。

「盗撮? ……それってもうストーカーじゃない?」

 返した声色は非難気味になった。
 もちろん、その対象は送り主だ。

「いっそのこと警察に────」

「ちょっと待って。それは得策(とくさく)じゃないと思うなぁ」