※本編ネタバレ注意!
十和視点のストーリーです。
※イラスト:ミカスケ 様
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心に穴が空いていた。
空洞を冷たい風が吹き抜ける。
いつしか染みついて離れなくなった感覚。
寂しい、という言葉じゃ足りないくらいの孤独感。
『……また泣いてたのか』
そう言われてはじめて、ほっぺたがぬれていることに気がついた。
『お兄ちゃん……』
階段に座りこんでいたおれのとなりに、歩み寄ってきたお兄ちゃんが腰を下ろす。
『大丈夫だ。俺がいるから』
ぐい、と伸ばした袖で涙をふいてくれる。
さらに肩を回してそのまま抱きしめてくれた。
(あったかい……)
すごくほっとする。
ぽっかりと空いていた心の穴が満たされていく。
『もう寂しくないだろ』
全体重をあずけるようにしてもたれかかった。
「…………」
ふと目を開ける。
何だかいつもと感覚が違う。
少し身体を起こしてみると、彼女と目が合った。
柔らかく微笑みかけられ、戸惑ってしまう。
「芽依……」
おかしいな。
さっきまで兄貴といたはずなのに、なぜか芽依の腕の中にいる。
「────大丈夫」
確かな口調は優しいのに強い。
その温もりに縋るように手を伸ばしたとき、がく、と芽依の力が抜けた。
回された腕がほどけ、胸に倒れ込んでくる。
「十和、く……」
ふっと目を閉じ、芽依は動かなくなる。
俺は呼吸が浅く速くなっていくのを自覚した。
震える両手を見下ろす。
生あたたかい。
掌も、服も、真っ赤な血で染まっていた────。
*
「……っ!」
はっと目を覚ました。
心臓はばくばくと早鐘を打ち、喉がからからに渇いている。
「はぁ……」
ため息をつきながら両手で顔を覆った。
(そっか。またひとりぼっちになったんだった)
あの甘ったるい生活も人を殺すのも初めてではないのに、何をこんなに動揺しているのだろう。
……自分で手放したくせに。
スマホで時刻を見ると、まだ朝の5時前だった。
起きるには早いが、何となく目が冴えてしまったためベッドから下りた。
キッチンへ向かう。
グラスに水を注いで一気に飲み干した。
「何か疲れちゃったなぁ……」
当たり前と言えば当たり前だ。
ここ数日、後処理に勤しんでいたのだから。
でも、肉体的な疲労より精神的な疲労の方が強いように感じた。
変な夢見ちゃったし。
(色々、やなこと思い出した)
────両親のことはほとんど記憶にない。
母親の顔も父親の声も曖昧だ。
小さいときから俺は、広くて綺麗な家でほとんど兄貴とふたり暮らしのようなものだった。
俺の面倒はずっと颯真が見てくれていた。
両親が愛しているのは仕事と金で、子どもには無関心だった。
離婚後、俺は父親に引き取られたが、その性分は今も変わっていない。
金が愛だと思っているのか、いつも大金が送られてくる。
それで我が子を慈しんでいるつもりなのだろう。
俺が高校生の分際で、これほど立派な家で一人暮らし出来ているのは紛れもなく父親の金のお陰だ。
でも感謝なんてする気はない。
お金があったって、心の空洞は満たされない。