こんこん、とドアがノックされる。

「おはよー」

 にっこりと爽やかな笑顔をたたえた朝倉くんが、制服をまとって現れた。

 自分の仕出(しで)かしたことに対する罪悪感や動揺は、微塵(みじん)も感じられない。

 彼は床に横たわるわたしとビニール袋をそれぞれ眺める。

「あれ、食べてないの? 遠慮しなくていいって言ったのにー」

「……お腹すいてない」

「へぇ、そう? いつまで我慢出来るかな」

 悠々と歩み寄ってきて、わたしの前に屈み込む。

 一層笑みが深められたけれど、その瞳はどこか冷たい色をしていた。

「俺を信用しないと辛いだけだよ。ここではね」

「……っ」

 悔しいけれど、それは確かにそうだった。

 まともに食事をとることも、眠りにつくことも、今のわたしには出来ない。

 そんな最低限の生命線すら、彼に左右されている。
 彼の手によらなくても、このままではすぐに弱って死んでしまうだろう。

「疑い深い芽依ちゃんにもう一度教えてあげる。毒も薬も何も入ってないよ」

 ……本当、なのかな。
 信じていいのかな。

 彼みたいに見通せないか、じっとその双眸(そうぼう)を見上げてしまう。

 朝倉くんは動じることなくその視線を受け止めていた。

 それからふと、はさみを取り出す。
 ぱちん、と結束バンドを断ち切った。

「え……」

「さ、お手洗い行っとこ。俺がいない間、君はここから一歩も動けないからね」

 改めて思い知らされる。

 わたしは何も出来ない。
 ここでは、あまりに無力で。



「……朝倉くん、学校行くの?」

 お手洗いから部屋へと戻る途中。
 昨晩のように目隠しをされたまま廊下を歩きながら、はたと口をついた。

 見えないけれど、前を歩く彼が振り向いた気配があった。

「うん。なに、寂しい?」

「そんなわけ……」

 思わず反論しかけて、慌てて言葉を切った。
 下手なことを言うべきじゃない。

「ちょっと、意外だっただけ」

 というか、驚いた。

 わたしを監禁しておきながら、何食わぬ顔でいつも通り登校しようとしているという事実に。

 それほど余裕に満ちているのだろうか。

 バレない自信がある?
 それとも、わたしに逃げ出されない自信?