消え入りそうな声が虚空(こくう)に吸い込まれる。
 痛いほどの静寂に息まで苦しくなってくる。

 本当は今すぐにでも聞きたい。
 そして否定して欲しい。

(だって、そんなわけないよね?)

 殺すわけがない。殺せるわけがない。
 十和くんはそんな人じゃない。

 誰より優しくて、一途で、わたしだけを見てくれて。
 わたしに触れる手はいつも、壊れ物を扱うみたいに丁寧で。

 その手が血で汚れているとは思えない。
 彼がそんな手でわたしに触れるとは……。

 ────そう思うなら、実際に尋ねればいい。
 頭では分かっているけれど。

 彼の秘密に踏み込んだら、何かが壊れてしまう気がする。

 この生活か、わたしたちの関係か、いずれにしても大切な何かを壊してしまうだろう。

 だったら、知りたくない。
 何も見たくない。聞きたくない。

 わたしが我慢することでそれらを守っていけるのなら。

 お互いに見て見ぬふりをしていればいい。
 それでふたりきりの生活を続けていけるのなら。

「…………」

 十和くんは殺人鬼かもしれないけれど。
 わたしのことまで殺すつもりかもしれないけれど。

(……だめ。そんなの耐えられるはずない)

 嘆くように項垂(うなだ)れた。
 もう、どうしたいのかもどうすればいいのかも分からない。

 何も知らないふりをすることは、ひとまずの安全策だと思う。

(でも、それって……)

 いつまでわたしの命を保証してくれるんだろう?



*



 近づいてきた足音がドアの前で止まった。

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 わたしは考えるのに疲れて横になっていた。

「芽依、大丈夫?」

 控えめなノックとともに彼の声がする。

 このまま寝たふりをしていようかとも思ったが、不意に殺されたら、と思うと怖くなった。

 そんなことを考えてしまう自分が恐ろしくて、何よりその身勝手さに嫌気がさす。

「……大丈夫」

「ほんとに?」

 そう聞き返されるのも当然なくらい、わたしの声は弱々しく沈んでいた。

「開けるね」

 断る間もなく、十和くんが部屋へ踏み込んでくる。

 ぞくりとした。
 逃げ場のないところに、殺人鬼かもしれない人とふたりきり。

 今さら過ぎるその事実が、わたしから冷静さを奪っていく。
 呼吸が震えた。

 慌てて身を起こし、後ずさる。

「こ、来ないで……」