スイーツやフルーツティーを手にレジへ向かった。

 緊張から、やっぱり心臓の音が速くなる。

「…………」

 何となく、じっと店員さんを見つめてしまう。
 眼鏡をかけた白髪混じりのおじさんだ。

 わたしたちの方はほとんど見ないで、淡々と商品をスキャンしている。

(よかった、怪しまれてない)

 普通の客、その中でも何に見えているのだろう。
 恋人同士? もしくは兄妹とか?

(誘拐犯とその被害者だなんて、夢にも思わないんだろうなぁ)

 ふとそんなことを考えると、攫われてから今に至るまでの記憶が走馬灯のように蘇ってきた。



 ────あの日の放課後、十和くんのくれた苺ミルクを口にして日常が一変した。

 目を覚ましたのは見知らぬ場所。
 出口のない彼の部屋。

 わたしは手錠をはめられて、足まで拘束されて、刃物といびつな想いを向けられた。

 これまでの“当たり前”をすべて奪われ、身体中に傷を負って、何度も殺されかけた。

『たすけて! 誰か……!』

 どんなに叫んでも、誰にも届かなかった。

『ここは俺と君だけの世界だよ。誰にも邪魔させない』

 彼が作り上げた世界は完璧だったから。

 恐怖や苦しみから、その支配から逃げ出そうとしたけれど、二度も失敗した。

 それでもずっと、諦めきれなかった。

 あの家から逃げ出したかった。
 生きて外へ出たかった。
 もう一度、先生に会いたかった。

(……たぶん、今なら)

 わたしが騒いだり店員さんに助けを求めたりすれば、まず間違いなく通報して貰えるのだろう。

 わたしは解放される。元の日常に戻れる。
 以前だったら迷いなくそうしていたと思う。

(でも────)



「ありがとうございましたー」

 精算を終え、十和くんがビニール袋を受け取る。

 わたしは何も言わなかった。
 ぎゅ、とただひたすら彼の手にしがみついたまま。



 店の外へ出ると、ふっと十和くんは笑う。

「怖かった? 可愛いなぁ、もう」

 ふてぶてしいほどまったく平然としている。
 このスリルさえ楽しんでいるかのように。

 言いたいことはたくさんあったけれど、怯みきってしまったわたしは口を開けなかった。