「大丈夫、この時間ならまだ学校にいるでしょ。万が一見られたとしても、これじゃ気付かないって」

 ぽん、と彼はキャップごとわたしの頭を撫でた。
 その顔にはすっかり余裕の笑みが戻っている。

「そっか」

 それならよかった。

 ────けれど、胸の内に広がったもやもやが黒くたなびいていく。

(何か……、何かがずっと引っかかってる)

 たぶん、先生が殺人鬼だという結論に、わたし自身が納得出来ていないのだ。

 無視しようと思ったが、その違和感の存在は思ったより大きく、認めるほかになかった。

 彼は行方不明になったわたしを必死に捜してくれている。
 ということは、十和くんの誘拐とは無関係なんだ。

(じゃあ、あのワンピースは? あの子は?)

 結局、そこがずっと腑に落ちない。

 先生が殺人鬼だという結論では、その謎をまるまる無視していることになる。

 しかしその結論をひっくり返すには、十和くんを信じる、という前提ごと崩さなきゃいけない。



「…………」

 彼の手を強く握り締める。
 (すが)るように。確かめるように。

 間を置かず、同じような温もりに包まれた。

「心配しないで」

 いつも通り、優しい声と笑顔が返ってくる。
 暗がりでも眩しいくらいだった。

(……疑いたくない)

 だからもう、何も考えたくない。

 考えないようにしよう。

 ただ十和くんの言うことだけを信じていればいい。

 不安になってしまうのは、彼への信頼が足りていないからだ。

 余計なことはもう考えない。
 あんな夢や先生の行動に惑わされちゃいけない。

 わたしは目の前の彼だけを見ていればいいんだ。



*



「こっちに行くと公園があって、学校はあっちの方」

 夜道を歩きながら、十和くんはそんなふうに指をさして教えてくれた。

「駅はそっち。だから芽依の家に帰るならこの道だね」

 確かにわたしは電車通学だった。

「へぇ……」

 色々と指し示されても何だかぴんと来ない。

 学校の近くのようだが、この辺りのことは詳しく知らないし、だからかイメージも湧かない。

「何でそんなこと教えてくれるの?」

 最初に逃げようとした夜、わたしは家の間取りが分からなくて失敗した。

 それと同じように、土地勘がなければ外でもきっとうまく逃げられない。

 十和くんにとってはその方がいいはずなのに、どうしてあれこれ教えてくれるのだろう。