何だろう、と首を傾げていると、彼が微笑む。

「おいで」

「……?」

 言われるがままに立ち上がって歩み寄る。

「ちょっとだけ、一緒に外出ない?」

「えっ!?」

 あまりに驚いて思考が止まった。

 そんなことをしていいのだろうか。

 世間的には、彼は誘拐犯でわたしは失踪中。
 もし警察やわたしの家族、知り合いに見られたらどうするつもりなのだろう。

「一応、これは被っといて欲しいんだけど」

 十和くんはキャップを掲げ、わたしの頭に被せた。

「俺のだからちょっとでかいね。でもちょうどいいか」

 確かにキャップは緩く、少しでも動けば(つば)の部分がずり落ちてくる。
 きっと目元は影になって、周囲からは見えない。

「行こっか」

 十和くんは何の躊躇(ためら)いもなく、当たり前のようにわたしの手を引いた。

「え……っ。ま、待って」

 思わず足を止める。

 どうして、そんなに迷いがないの?
 何か吹っ切れたみたいな表情で。

 彼の様子とは裏腹に、わたしの心臓は不安気な音を立てていた。

「いい、の?」

 そんなふうにわたしを外へ連れ出して、本当にいいの?

 外に出てしまったら、わたしは十和くんから逃げるかもしれないのに。

 がんじがらめのドアも、自由を奪う拘束もないのだから。

 本気で走ったら、きっと簡単に振り切れてしまう。
 大声で叫んだら、きっと誰かが助けに来る。

 平穏なお城の中とは違う。

(そんな、不確かで危険な場所なんだよ……?)

 くす、と十和くんは小さく笑った。

「いいよ? 俺に芽依の自由を奪う権利なんてないんだし」

「…………」

 何それ、と咄嗟に思った。

 今までずっと不自由(それ)が当たり前だったくせに。
 そうやってわたしを縛りつけてきたくせに。

(どうして、今さら突き放すの……?)

 十和くんはこの生活が終わってもいいの?
 それを受け入れたというの?

「……あれ、どうしたの。外出られるの嬉しくない?」

 わたしが泣きそうな顔をしていることに気付いたのか、彼は不思議そうに言った。

 ぎゅ、と拳を握り締める。

(……わたしは嫌だ)

 終わらせたくない。

 何も答えず廊下に出た。
 リビングのドアを開け、テーブルの上に置いてあったものを掴む。