夕方頃になると、ひとりの時間が訪れた。
クローゼットの中には服が残されたままだ。
わたしは複雑な思いでそれらを眺めていた。
服を所望した当初の目的は、あのワンピースにあった血の染みのような、何らかの痕跡を探すためだった。
だけど────。
(きっと何もない)
半ばそう願うような気持ちで、1着ずつ丁寧に改めていく。
(十和くんに限って……)
彼が狂った殺人鬼だとか、そんなわけがないのだから。
そんなの、極限状態に追い込まれていたせいで生まれた突飛な恐ろしい妄想だ。
どうかしていた。
今だって、服を調べているのは十和くんを信じていないからじゃない。
信じたいからこそ、何もないことを確かめたいのだ。
(でも、やっぱり)
どれも新品じゃない。
洗濯をして丁寧に扱っていても、使用感や小さなほつれは元に戻らない。
少なくともほかの服に血の染みがないことは確認出来たが────。
「どういうことなんだろう」
新品ではない女性ものの服がどうしてあるのか。
それも、こんなに。
「…………」
聞いてみたい。
でも、こんなこと聞けない。
下手なことを口にして、彼の愛情を失うのが怖い。
わたしだけにくれる優しさを手放したくない。
小さくため息をつき、余ったハンガーにあのワンピースをかけた。
「教えてよ……」
十和くんの秘密。先生がどう関わっているのか。
この家に潜む真実を知りたい。
しかし誰にも聞けない。誰も教えてくれない。
あれは本当に、ただの夢だったのかな。
小花柄のワンピースと、青白い指先。
その先にいた先生の姿を思い出す。
……“逃げて”。
「!」
はっとした。
どく、どく、と心臓の音が速くなる。
(先生から逃げて、ってこと……?)
そう思った瞬間、頭の中が砂嵐で覆われた。
(待っ、て。分かんない)
どうしてなの?
何で、先生から?
理解が追いつかない。
全然、考えがまとまらない。
宇佐美先生は味方のはずだ。
優しくて生徒思いな、わたしの好きな人。
「好きな、人……?」
その単語が過ぎっても、先生のことは浮かんでこなかった。
いつもなら彼で頭がいっぱいになって、好きという気持ちで心まで埋め尽くされるのに。
「今……」
真っ先に思い浮かんだのは────。