それだけを言い残し、にこやかに部屋から出て行った。

 わたしはしばらく睨むような窺うような眼差しでそのドアを眺め、次にビニール袋を見つめた。

「…………」

 何を持ってきたのだろう。
 膝で這うように進み、袋の中を覗いてみる。

 入っていたのはコンビニのツナマヨおにぎりと、ペットボトル入りのお茶だった。

 手錠をされたままでもどうにか食べられるし、飲めるものではある。

(……って、違う)

 あんな奴の言葉、信用出来ない。

 ああ言われたからって、本当に何も入っていないとは限らない。

 今度は睡眠薬ではなく、毒薬を仕込まれているかもしれない。

 彼から出されるものには、絶対に手をつけないようにしよう。
 そう、心の内で固く誓った。

「でも、どうしよう」

 今は平気だけれど、ずっと飲まず食わずなんて無理だ。
 それはそれで死んでしまう。

 いつ殺されるかも分からない、何をされるかも分からない、こんな危機的状況からは早く脱さなければならない。



 ────だんだん、冷静になってきた。

 一人で過ごす時間をくれているからかな。

 今のところ拘束以外に直接の危害を加えられていないからかな。

 指針を立てたり、安直な行動を自制(じせい)出来るくらいには、頭が働いている。
 波立った感情もいくらか落ち着いた。

「今、何時だろう……?」

 ビニール袋を放置したまま、わたしは再び窓の下に座り込んでいた。

 磨りガラスは真っ黒に色づいている。
 外は暗く、少なくとも夜だということは分かる。

 彼の運んできたあれが夕食だとすると、もう午後7時半くらいは回っていそうだ。

(今頃、親が心配してるはず)

 高校に入ってからずっと帰宅部のわたしは、基本的にいつも帰りが早い。

 どこかへ寄り道したとしても、だいたい暗くなる前に帰路につくようにしている。

 だからきっと、気付いてくれているはずだ。
 わたしが今、異常事態に見舞われていること。
 緊急事態に陥っていること。

 もう警察に通報してくれているかもしれない。

 もし学校にも連絡していたら、宇佐美先生だって心配してくれているはず。