オデルは乗ってきた馬から降り、申し訳程度に設けられた綱木に手綱を繋ぐ。
 シルディア奪還のためにオデルは初めて後宮に立ち入ったのだが、目の前のそれに頭を抱えた。
 蔦は伸び放題で外壁を覆っており、元の色すら分からない。
 雑草もいつから手入れがされていないのか予想が出来ないほど生い茂っていた。
 管理人から城門の鍵を奪ってきたが、その必要はなかったようで、重厚な扉はすでに扉の役目を放棄している。
 ここまでくると最早寂れた後宮ではなく、荒廃したただの建造物だ。

『随分荒れているね。つがいしか愛せないくせに後宮なんて作るからだよ』
 
 心の中で勝手に喋るニエルドの声を聞き流しながら、オデルはシルディアに着けた魔具の場所を探る。
 大まかな場所は分かるものの、正確な居場所までは突き止めることができない。

(もう少し精度の高いやつにすればよかったな。だが、ここにいるのは間違いない)
『そんなに心配なら両足の骨を折って手元に抱え込んでいたら良かったのに。君の変わりに折ってあげるよ?』
「……お前の好きにはさせない。絶対に。今までのつがいのように、シルディアを殺させはしない」

 竜の王として生まれ落ちた皇族の中に巣食う亡霊は、世継ぎを産んだつがいは用済みだと殺してしまうのだ。
 殺し方は様々で、確実に自身が疑われないように始末する。

『なにがそんなに嫌なのか、ぼくには分からないよ。死んだつがいを食べることで、未来永劫一緒にいられるんだよ?』
「お前とは一生相容れないと言ってるだろうが。喋りかけんな」
『せっかく精神がぐらいついてるんだから止める理由がないね。君の精神力はすごい。だけどもうそろそろ擦り切れる頃だって気が付いてるでしょ? 早くぼくに主導権を渡して欲しいな』
「断る」

 部屋を総当りするため、後宮の階段を上りながらオデルはキッパリと拒否をする。

『その威勢もいつまで続くか見物だね。……ふふっ。つがいが穢されても君は正気でいられるかな?』
「あ?」

 オデルはそれっきり聞こえなくなったニエルドの声に舌打ちをする。
 後宮内へと急ぐオデルは身を焦がす焦燥感を感じていた。
 それは歩幅となって姿を現し、駆け出すほどにまで成長する。

(潜伏するなら地下が一番だ。使っていないはずの後宮で、明かりが灯るのは不自然すぎる)

 一目散に地下を目指す。
 後宮の地図は頭に入っている。