庭で働いている老人が、笑顔で語りかけてくる。



学校の前で車から降りると、全ての視線を感じる。



弾きたくないピアノを弾いている。



独りだけ大人とテニスをしている。



息子を連れて挨拶に近寄ってくる来る母親がいる。



大勢の部下の間を胸を張って歩く自分がいる。



裕美とベッドの上にいる。



また真っ白で何もない。



気が付くと、ふわふわと浮いている感覚だった。

下を見ると、黒い服を着た男達や女達が何かを囲んでいた。

その中に裕美もいる。

私はそれを自分の眼で見るために近付いた。

そこには、真っ白な私がいた。


私は死んだのか。


私は私を少しの時間見つめていた。
そして、ゆっくりと瞳を閉じた。


眼を開けると、畳の部屋に私は立っていた。
目の前には、白い着物を着た私がニヤリと笑いながら頷いていた。

私は、もう一度もとの世界に戻れないかを身振り手振り必死で聞いた。

しかし、同じことの繰り返しだと言う素振りばかりを返してきた。

私は人生で初めて、人に頭を下げていた。


すると今度は、さっきとは違う逆の掌を肩の高さまで上げた。
私も今度は、右の掌を合わせた。

真っ白な何もない入口から、さっき通った走馬灯のトンネルを潜り、真っ白な何もない出口を抜けた。


私はゆっくりと眼を開けた。



ここはどこだ。



何も見えない。



花の薫りと花の感触。



私は、暗闇の中でゆっくりと両手をあちこちに移動させた。



木の感触。



味わったことがない圧迫感。



死者が迎えに来たような轟音。



まさか。



私は、ここで初めて何が起こっているかを理解した。

それと同時に、辺りが紅く染まり、とてつもない熱さが襲ってきた。

業火が私と棺桶を飲み込んで行く。



誰か出してくれ。



私は、まだ生きている。



助けてくれ。




『助けてくれぇ。』