私は、邑田 高志 某貿易会社の社長を何の苦労もなく手に入れた男・・・

父親 邑田 士朗が一代で築き上げた会社を何不自由なく譲り受けた男・・・

背が高くルックスもいい、そして金があるから自由に生きている男・・・


だった。


あの出来事が起こるまでは・・・

外は大雨で雷が鳴り響く真夜中、私はマンションの地下駐車場で、世界に3台しかない65年物の赤いベンツのエンジンをかけていた。

お気に入りのBGM「ワインブルース」を聴きながら煙草に火をつけ、携帯で裕美に電話を入れ駐車場を飛び出した。

吉永 裕美は、サラサラの黒髪で背の高いモデル体型の女だ。
半年前、私が高級クラブから引き抜いて秘書にし、この関係が続いてる。

普段なら、高速道路で二十分程度で着く道のりを走らせるのだが、その時は何かに惹き付けられるように田舎の国道を走っていた。

辺りは何もない。
田んぼばかりの景色だ。
雨は激しくなり雷は怒っているようにさえ感じた。


突然の出来事だった。


BGMが急に止まり、周りが極端に静かになり、聴こえるのは、ワイパーの音と微かなエンジン音、稲妻だけが私に狙いを定めているとしか想えない。

その時、「ドシーン」という音と眩い光とともに私は眠りについた。


どれぐらい眠って居たのであろうか。


汚ならしい着物を着た男が、車の窓を鍬で物珍しそうに叩いていた。
私は何かの祭りと想った。

車の窓を開け、痛む頭を押さえながら日時を聞くと、その男は私に対して何処かの殿様を拝むように地面にひれ伏した。

私は車を降り、汚ならしい着物を着た男に見向きもせず、煙が上がっている小さな集落の方に自然と足を進めた。


一体ここは何処なんだ。



集落に着くと、綺麗な水が流れている小川を見つけた。
少し抵抗はあったが、そこで顔を洗い、水を飲んだ。

その時はじめて、自分自身が、すごく空腹なことに気付いた。今日は、仕事が忙しく朝から何も口にしていなかった。

そんなことも遠い昔のように感じながら、食べる物を探し歩いた。