〇 理輝の美容室
   ケープ姿のつばめが、鏡の前に座っている。
   後ろではさみを持っているのは、理輝。
つばめ(ようやく約束の、この日が来た)
   理輝がふーっと深呼吸して。
理輝「じゃ、カット始めていきまーす」
つばめ「お、お願いします」
   理輝がつばめの髪に触れる。
   髪を優しく丁寧に触れながら、少しずつカットしていく。
つばめ(わーーーー!)
   ドキドキを隠すかのように目を閉じる。
つばめ(顔、赤くなるなっ)
   理輝の手が頬すれすれまで近づいているのがわかる。
   そっと目を開けてみると、理輝の顔がすぐ横にあって。
つばめ「わっ!」
   おもわず声を上げる。
理輝「あぶね」
つばめ「ご、ごめん」
理輝「大丈夫だよ、触れねえようにしてるから」
つばめ「う、うん」
理輝「目、閉じといたほうがいいかも。それでも怖かったら、口で言って」
つばめ「はい……」
   つばめ、目を閉じる。
   髪を切る音が聞こえ……。

   ×  ×  ×

理輝「できた」
つばめ「……目、あけてもいい?」
理輝「ん、どうぞ」
   つばめ、おそるおそる目を開けると。
つばめ「わあ……」
   今っぽい髪型になっているつばめ。
つばめ「これ、本当に理輝が……⁉」
理輝「ん」
つばめ「だって……めっちゃ上手! すごすぎる!」
理輝「(笑って)ひでえな。俺だよ」
つばめ「すごい……今まで自分で切ることが多かったから、こんな髪型とか、こんな斜めになったりとかでさ」
   と、変な髪型を再現してみせるつばめ。
   理輝、少し心配げに。
理輝「触れて、なかったよな?」
つばめ「うん、大丈夫だった」
理輝「よかった。実はちょっと、ドキドキしてた」
つばめ「ありがとう。本当に、ありがとう。嬉しい!」
理輝「……ん」
   つばめ、自分でそっとケープを取る。
   後ろを振り返ったりしながら、髪型を確認する。
   にこにこ嬉しそうな様子を見ながら、理輝も嬉しそうな顔。
理輝「あ、ケープ貸して」
   理輝が手を出したとき、つばめ、ケープの端を踏み、つまずく。
つばめ「あっ」
   その途端、ついはずみで手が出てしまう理輝。
   つばめ、理輝の胸の中にぽすっと入ってしまう。
   そして、空気が揺らいで。
つばめ「――――!」

   ×  ×  ×
〇 (インサート)つばめの脳内
   つばめが理輝を見つめて。
つばめ「……好き」
   ×  ×  ×

つばめ「⁉」
   つばめ、驚いて理輝の顔をガン見する。
理輝「……悪ぃ」
つばめ「あ、ううん! こちらこそっ」
   慌てて体を起こすつばめ。
つばめ(ていうか、今の何⁉)
   理輝から離れて、背中を向ける。
理輝「ど、どうした」
つばめ「ちょっと1分だけこうさせてて」
理輝「お、おう」
   つばめ、慌ててポケットのストップウォッチを押すと、じっと液晶画面を見つめる。
つばめ(早く、早く1分過ぎて!)
   理輝、落ち着かない様子で店内をぐるぐる歩いている。
つばめ(私が⁉ 私が「好き」って言ってた⁉)
   つばめ、頭をかかえる。
つばめ(まさか告白するとかじゃないよね⁉ まさかね⁉)
   口をおさえ、息を止めるつばめ。
   ストップウォッチが56、57…と時を刻み。
   ついに60になる。
つばめ「……!」
   口から手を離し、はーっと大きく息をするつばめ。
つばめ(助かった……)
   その様子を背後で見ていた理輝。心配そうな様子。
理輝「……大丈夫か」」
つばめ「(振り返って)う、うん。ごめんね」
理輝「いや、俺こそ悪かった。……っつか」
つばめ「……」
理輝「力、ってさ。もしかして……」
つばめ「……」
理輝「……あ、言わないほうがいいのか」
つばめ「あ……」
理輝「バレたらだめだってことは、俺が今、当てたらヤバイってことだよな?」
つばめ「……そう、なるのかな……」
理輝「はーっ、あっぶね。言うとこだったわ」
つばめ「……」
   理輝、何もなかったかのように床の掃除を始める。
つばめ(気をつかわせてる)
   平然を装おうとしているが、なんとなく気づいているかのような不自然な理輝。
つばめ(私のせいだ)
   つばめ、バッグを手に取って。
つばめ「ごめんね」
理輝「別にいいって」
つばめ「……じゃ」
   体を返し、帰ろうとする。
理輝「あ、ちょっと」
   理輝、慌ててつばめの顔の前に手を出す。
つばめ「……!」
   壁ドン状態になり、驚いて止まるつばめ。
理輝「……悪ぃ」
つばめ「う、ううん」
理輝「もう帰んの」
つばめ「……」
理輝「あのー……。俺、今日店、休みっつったっけ?」
つばめ「聞いた」
理輝「そんな急いで帰る?」
つばめ「……理輝は、今日これで終わり?」
理輝「ん」
つばめ「今からの予定は……?」
理輝「あー……特になし。だからその、お茶か、飯か、あとは……何だ、あ、うちの犬の散歩とか」
つばめ「……」
理輝「もし良かったら、一緒、に?」
つばめ「……いいの?」
理輝「うん。犬、好きだっけ」
つばめ「好き。動物は、力が出ても見えづらいから」
理輝「じゃ、散歩行かね?」
つばめ「行く!」
理輝「ちょっと待ってて」
   急いで準備をする理輝。
   つばめ、その様子を見ながら。
つばめ(……これって、デート?)
   つばめ、鏡で自分の全身をチェックする。
   おしゃれではないけど、変でもない。
   切ったばかりの髪とも合っている。
つばめ(……行ってもいいよね?)

〇 海
   砂浜の上をはだしで歩くつばめたち。
   その横を、リードを長くしたまろが楽しそうに走っている。
つばめ「気持ちいいね、海」
理輝「まだ入るのには早いけどな」
つばめ「当たり前でしょ、夏前だよ」
理輝「4月の海に飛び込んでった人がよく言うわ」
つばめ「……だからあれはーー!」
理輝「はいはい。もう溺れんなよー」
つばめ「……もー……」
   つばめ、ふと海をじっと見つめる。
理輝「どした?」
つばめ「……あの時、助けに来てくれて良かったなあって」
理輝「ま、溺れかかってたしな」
つばめ「そういう意味じゃなくて。なんか……あの日、たくさん話せて良かった。理輝のことをたくさん知れたっていうか」
理輝「……確かに。溺れたり、息吹きかけたり、変なことしてくるし」
つばめ「……こっちは真剣だったんだけど?」
理輝「それ含めて変だっつってんの」
つばめ「……」
理輝「もう、ああいうことすんなよ」
つばめ「ああいうこと?」
理輝「これ」
   そう言うと、理輝はつばめの首もとに吐息を漏らす。
つばめ「!」
理輝「すんなよ」
つばめ「……うん」
   顔が真っ赤になるつばめ。
つばめ(あの時、どうして)
   息がかかった部分を撫でる。
つばめ(こんなことできたんだろう)
   まろを撫でている理輝。
つばめ(今の私は絶対できない)
   (近づくことさえできない)
   理輝、まろに対して満面の笑みを浮かべている。
   
   ×  ×  ×
〇 (インサート)つばめの脳内
   つばめが理輝を見つめて。
つばめ「……好き」
   ×  ×  ×

   思い出し、顔が真っ赤になるつばめ。
つばめ(ていうか、さっき私が見た『好き』って……)
   (もし私が未来を見ていなければ、その瞬間がきてたってことだよね……?)
   (もし言ってたら、どうなってた?)
   (この人はどういう反応をしていたんだろう……?)
   理輝がつばめを見て「ん?」という表情。
つばめ「……」
   深刻な表情をしているつばめ。
理輝「……」
   理輝、ふとつばめに近づいて。
   突然、海の水をパシャっと足元にかける。
つばめ「わっ」
理輝「辛気くせえ顔」
つばめ「何それ!」
理輝「こんな顔(と、変顔をする)」
つばめ「してない!」
理輝「めっちゃしてた」
   つばめ、悔しくなって。
   手を水で濡らすと、ぱしゃっとそれを理輝めがけてかける。
理輝「おい?」
つばめ「やられた分だけお返ししました」
理輝「何だと」
   海水に手をつけた理輝がつばめに向かって走ってくる。
   逃げるつばめ。
いつの間にか追いかけっこになる2人。
つばめ(楽しい)
   (やっぱり私、理輝のことが……)

   ×  ×  ×

   疲れて、2人で砂浜に座り込む。
   つばめ、まろを撫でながら。
つばめ「楽しいな」
理輝「楽しい?」
つばめ「うん」
理輝「良かった。俺も、楽しい」
つばめ「……」
   理輝、少し咳払いして。
理輝「あのさ」
つばめ「……?」
理輝「体育祭で……もし俺が『好きな人』のカードを持ってたら。どちらか1人しか選べなかったら。……つばめは、どっちを選んでた?」
つばめ「……え……」
   真剣な表情の理輝。
つばめ(どっちを?)

   ×  ×  ×
〇 (フラッシュ)
恭哉「その答えには責任を持てよ? 龍崎家の後継ぎとして、本当にその答えが正解なのか、よく考えろ」
   ×  ×  ×

つばめ「…………」
   つい、目をそらしてしまうつばめ。
理輝「……言えない?」
つばめ「……」
理輝「答えは、決まってる?」
つばめ「……」
理輝「でも、言えない?」
   つばめ、うなずく。
理輝「そっか。ごめん、困らせて」
   理輝、さみしそうな目をすると。
理輝「帰ろっか」
   立ち上がり、砂を払う。
   つばめ、動けない。
理輝「つばめ?」
つばめ「……あの、私……」
   その瞬間、突風が吹き、砂が舞う。
   つばめの髪や顔に砂が飛び、つばめ、おもわず顔を隠す。
理輝「おい、大丈夫か⁉」
つばめ「大丈夫。大丈夫だから」
   理輝がつばめの顔をのぞきこむと、つばめの目から涙が流れている。
理輝「⁉」
つばめ「あ、違うの。砂が入っただけ。ほんとに」
理輝「……」
つばめ「ごめん、ちょっと。ちょっとだけ待って」
   必死に涙をこらえようとしているつばめ。
   理輝、つばめに手を伸ばそうとするが、触れられないことに気付き、ぐっと手を握る。
つばめ「ごめん。どうしよ、止まらない。ごめん」
   立ち上がり、顔をそむけて理輝から離れるつばめ。
   理輝、おもわず立ち上がって。
   一瞬、少しためらうも。
理輝「……悪い」
   理輝、つばめを背中からそっと抱きしめる。
   その瞬間、空気が揺れて。

   ×  ×  ×
〇 (インサート)つばめの脳内
   理輝、つばめの髪に触れながら
理輝「つばめのことが好きだ」
   ×  ×  ×

つばめ「……!」
   つばめ、驚いて理輝から離れる。
つばめ「今……」
理輝「ごめん。どうしても、今、伝えたくて」
つばめ「……!」
   驚いて声が出ないつばめ。
   また近づこうとする理輝に、
つばめ「待って! いいって言うまで近づかないで!」
   そう言って後ずさりする。
   理輝、無視してつばめに近づく。
つばめ「ダメ、今近づくと……」
理輝「どうしてダメなの」
つばめ「どうしてって……!」
理輝「その未来で、合ってる」
つばめ「……」
理輝「変えないで。言わせて」
つばめ「……」
理輝「俺、つばめのことが好きだ」
つばめ「……!」