〇 東高校・校庭
   「体育祭」と書かれた幕が校舎から垂れ下がっている。
   万国旗が張られ、フェンスには点数板。
   ざわめく生徒たち。

〇 同・保健室
   ベッドで横になっているつばめ。
   体操着姿の未央が、心配そうに見ている。
未央「本当に大丈夫?」
つばめ「うん、平気! ごめんね、ほんとちょっとした貧血だから」
未央「だったらいいけど……参加できそうだったら来てね? 最後のフォークダンスだけでも」
つばめ「うん、そうだね……」
   未央、名残惜しそうにしながら、「じゃ、またあとで来るね」と保健室を出て行く。
つばめ(フォークダンスとか……手が触れずにはできない一番無理なやつじゃないっすか……)
   つばめ、自分の手のひらを見つめ。
つばめ(体育祭や球技大会は、これまで参加したことがない)
   傍らには、クラスで作った「団結!」と書かれたTシャツ。
つばめ(触れたら、その人の1分後の未来が見えてしまうから。体育祭みたいな接触事故の多そうなイベントは休んだほうがいいに決まってる)
   窓の外からは音楽が聴こえてきて、外を眺めるつばめ。
つばめ(けど……)

   ×  ×  ×
〇(フラッシュ)
理輝「これから何かあったら俺に言え」
理輝「助けてやる」
   ×  ×  ×

つばめ(今年は……参加したかったな……)
   が、はた、と我に返り。
つばめ「だめだめ! 何甘えてんの! 私!」
   首を大きく横に振る。
つばめ(甘えちゃだめ。迷惑かけるだけなんだから)
   つばめ、よし、と気合を入れると、ベッドから出て保健室の備品を確認する。
つばめ「手当はしてあげられないけど……ちゃんと判断して薬を渡すとこまではやらなくちゃ」
   腕まくりをし、救急箱のチェックを始めるつばめ。

〇 同・校庭
   クラスTシャツを着用した理輝が、きょろきょろと辺りを見回している。
   ぎゃーぎゃーとにぎやかにじゃれている恭哉は目につくも、つばめが見当たらない。
   そこを通りかかった未央に、
理輝「な、つばめは?」
未央「つばめちゃんなら、体調不良で保健室に居るよ」
理輝「体調不良?」
未央「貧血みたい」
理輝「……」
   未央、理輝の様子を見ながら。
未央「心配?」
理輝「え?」
未央「なんか、理輝のその顔、久しぶりに見た」
理輝「……別に俺は」
未央「顔色は良さそうだったから、またあとで行ってあげなよ」
理輝「……」
   と、恭哉が2人の後ろを通りがかって。
恭哉「子どもじゃねえんだから、わざわざ見に行く必要ないと思いますけどねー?」
未央「……ちょっと!」
恭哉「だって、お前が行ったとこで何ができんの?」
未央「ひどい。話し相手くらいにはなるでしょう」
恭哉「……未央ちゃんは甘いよねえ」
未央「甘い?」
恭哉「だってそうでしょ。自分は参加できなくて保健室にこもってんだよ? 自分だったら来て欲しい? 来て、いかに体育祭が楽しいかを語ってほしい? 自分は全く見てないのに?」
未央「……」
恭哉「イメージで動くと相手を傷つけるよ? ね、理輝くん?」
理輝「あいつを、お前と一緒にするな」
恭哉「……ふーん」
   理輝、ふと恭哉を見て。
理輝「お前は参加すんのか」
恭哉「もちろん。俺、イベント大好きだもん」
理輝「(未央に聞こえないよう小声で)力は、大丈夫なのか」
恭哉はニッと笑うと、
恭哉「俺にそんな教科書的行動ができると思う?」
理輝「……」
恭哉「ま、消耗したら充電させてもらいに行きますから。ぎゅーっと熱いハグでね」
理輝「……そういう問題じゃねえだろ」
恭哉「理輝くんには関係ありませーん! これは龍崎家の問題なんですー!」
   いらだつ理輝を挑発するように、未央の肩に触れる恭哉。
   未央の近くで空気が揺れる。
   恭哉、未央を意味ありげに見つめて
恭哉「ふむふむ。平和ね、未央ちゃんは」
未央「え……?」
   理輝、恭哉につかみかかりそうなくらいの勢いで。
理輝「お前……力がなければ殴ってんぞ!」
恭哉「殴れば? 俺は別に気にしないけど?」
   理輝、こぶしを恭哉に向ける。
恭哉「……!」
が……寸止め。
恭哉「びっくりしたあ」
理輝「挑発には乗らねえよ」
   未央、心配そうに見ている。

〇 晴れ渡る空

〇 同・校庭
   理輝の活躍で盛り上がる1年A組。
   にこにこ嬉しそうな未央。
   恭哉はフン、と顔をそむけている。

〇 同・保健室
   怪我した生徒に対して、救急箱を渡しているつばめ。
   使うものと使い方を身振り手振りで教えてあげている。

〇 同・校庭
   男子生徒が並んでいる。
アナウンス「次は1年生男子による借り人競争です」
   恭哉が女子たちに向かって手を振る。
理輝「(恭哉に)お前、無駄に触んなよ」
   恭哉、振りむいて。
恭哉「わかってるよーん」
恭哉(触るなって言われたら……選択肢は1つだよね?)
理輝「……?」
   理輝、その表情をいぶかしげに見つめる。
   恭哉、ふふ、と笑う。
   その瞬間、
アナウンス「次の組、用意!」
   恭哉と理輝が並ぶ。
アナウンス「ようい、ドン!」
   恭哉と理輝が同時に走り出し、前に置いてあるカードを取る。
恭哉(こういうのは大抵、「好きな人」とか書いてあるのが定石なんだよねー)
   恭哉がカードを見ると、中には「好きな人」という文字。
恭哉「ほらね」
   恭哉、すぐに逆方向に向かって走り出す。
アナウンス「おおっと、A組の龍崎くん、速い!」
   カードをめくった理輝、動きが止まる。。
理輝「…………」
   次の瞬間、理輝も逆方向に向かって走り出す。
アナウンス「同じくA組の星山くん、速い! あれ? しかし彼もどこに行くんでしょうか? 向かっているのは……校舎です」
   理輝が恭哉と並ぶ。
アナウンス「龍崎くんと星山くんが共に向かうのは……保健室の方向ですか?」
   未央がそれを聞き、「あ……」という表情になる。

〇 同・中庭~保健室
    校内を全速力で走る理輝と恭哉。
恭哉「お前何でこっちに来てんだよ!」
理輝「お前には関係ねえだろ!」
恭哉「言っとくけど、俺に『触るな』っつったのはお前だからな! お前があきらめろ!」
理輝「……んなこと言われても」
   理輝がぐっとスピードを上げる。
   手に持ったカードを指して
理輝「俺にはあいつ以外、答えがねえんだよ!」
恭哉「……!」
   理輝が先頭になって中庭を走り抜けていく。
   そして保健室のドアを開けると。
理輝「つばめ!」
   驚いたように振り向くつばめと、手当を受けている生徒たち。
つばめ「え、何……?」
   理輝、つばめのTシャツの袖を引っ張って、
理輝「悪い。ちょっとだけ俺と一緒に来て」
つばめ「え……?」
   そこへ恭哉が到着し。
恭哉「つばめ、俺と来て」
   と、つばめの手を取り、引っ張って行く。
つばめ「ま、待って! 話が見えない!」
   理輝、恭哉の前に立ちふさがる。
理輝「無理矢理は駄目だろ」
恭哉「だって俺の答えもつばめ一択だし」
つばめ「答え?」
恭哉「これ」
   と、カードを見せる。
恭哉「俺の借り人競争のカード。『好きな人』」
   つばめ、理輝、驚く。
つばめ「……! 何言ってんのこんなとこまで来て!」
恭哉「俺と一緒に来て」
つばめ「……行けないよ」
恭哉「こいつがいるから?」
   つばめ、恭哉を見上げる。
恭哉「こいつも、つばめ以外はありえないってさ」
理輝「お前、勝手に……!」
   顔を真っ赤にするつばめ。
恭哉「どっちと一緒に行きたいか、つばめが選んで」
つばめ「……」
恭哉「ただし、その答えには責任を持てよ? 龍崎家の人間として、本当にその答えが正解なのか、よく考えろ」
   ぎゅっと手を握りしめる。
つばめ(私には、できない……)
   緊張の面持ちの理輝と恭哉。
つばめ(ぐちゃぐちゃして、わかんない……!)
   つばめ、すっと手を出すと。
つばめ「……行く」
   恭哉の手首をつかむ。
理輝「……!」
   勝ち誇ったような微笑みを漏らす恭哉。
   が、次の瞬間、理輝のTシャツの裾もつかんで。
恭哉「……は⁉」
つばめ「クラスの優勝がかかってんだから、両方走る!」
理輝「……」
   理輝、絶句したのち、おもわず噴き出して。
理輝「そうだな、それが正解」
恭哉「はああ⁉」
つばめ「当たり前でしょ⁉ こんな遠くまで来て、何やってんの⁉ 進行の邪魔してどうすんのよ!」
   呆然とする恭哉と、お腹をおさえて笑っている理輝をほっておいて、つばめはさっと靴を履きかえると、
つばめ「ほら早く! 行くんでしょ⁉」
   理輝、うなずいて走り出す。
   ふてくされた顔で、ダラダラとついていく恭哉。

〇 同・校庭
   借り人競争が終わり、次の競技の準備が始まっている。
   きょろきょろと理輝たちの姿を探している未央。
   ふと、校舎のほうから、理輝と恭哉、つばめが走ってくるのが見える。
未央「あれ!」
   未央の声に、辺りにいた生徒が一斉に校舎のほうを振り向く。
アナウンス「おっと⁉ 先程借り人競争で消えた2人が戻ってきました! 連れてきているのは……1名です! 1名の女子生徒を連れて、2人が戻ってきました!」
   生徒たちがうおおおお、と盛り上がる。
   慌てて用意されたゴールテープに向かって、同時にゴールする3人。
アナウンス「かなり遅れて、今ゴールイン!」
   盛り上がる生徒たち。
アナウンス「2人の持っているカードは⁉」
   恭哉、つばめの肩を抱き、
恭哉「『好きな人』です!」
   おおおお、と声が上がる。
アナウンス「では君は⁉ 君もこの子と走りたかったってことですよね⁉」
理輝「(うなずいて)俺もこいつ以外考えられなかったんで」
   その瞬間、さらに大きな歓声が上がる。
   つばめ、ドキッとして理輝を見つめる。
理輝、ポケットからカードを取り出すと、
理輝「俺は『いつも頑張っている人』です」
恭哉「へ?」
  ギャラリーとなっていた生徒たちも一瞬ぽかーんとする。
理輝「何だよ」
恭哉「『好きな人』じゃねえの?」
理輝「ああ」
恭哉「なのに、つばめのとこに走ってったの?」
理輝「……ああ」
恭哉「お前また勘違いさせやがって……絶対、全校生徒、全員もれなく勘違いしてんぞ⁉」
理輝「は?」
恭哉「何だよマジでー」
理輝「でも」
   理輝、つばめを見つめて。
理輝「俺が連れて行きたいと思ったのは、つばめだし」
   つばめ、顔が赤くなる。
   そして周囲がまた、おおおお!と盛り上がる。
アナウンス「えー、ということは、本来なら同じ人を連れてくるのは禁止ですが……ま、カード内容が違うということでOKですかね?」
   生徒たちがいえーい!と盛り上がる。
アナウンス「しかし、そもそもが時間切れなんで、2人とも失格でーす」
   校内が笑いにつつまれる。
つばめ「……」
   呆然としているつばめ。
理輝「ごめん。悪かったな、なんか」
つばめ「ううん」
理輝「でも、いつも頑張ってるって思ってるのは本当だから」
つばめ「……ありがと」
   理輝、照れて後ろ姿で手を振る。

〇 同・保健室(夕)
   ひとりきりで保健室の椅子に座り、窓の外を見ているつばめ。
   外からはフォークダンスの音楽が聴こえている。
つばめ(始まったんだ、フォークダンス)
   音に合わせ、なんとなく足を動かしてみる。
つばめ(やったことないな、こういうの)
   鼻歌を歌いながら手足を動かしていると、ふと笑い声が聞こえ、顔を上げる。
つばめ「!」
   そこにいたのは、理輝。
つばめ「え、いつから⁉」
理輝「踊り出した時から」
つばめ「言ってよーーー!」
理輝「おもしろくて、つい」
つばめ「もう!」
   理輝、つばめの前に来ると、
理輝「じゃ、ま、一緒に」
つばめ「え?」
理輝「手、握らないから」
つばめ「……」
理輝「ほら、早く」
   音楽に合わせて2人で踊る。
   手は、握らない。
   つばめ、自分の真横にある理輝の手を見つめ
つばめ(握りたい……)
   せつなそうな目をして
つばめ(私、やっぱり)
   (やっぱり、理輝が好きなんだ)

〇 同・保健室・外(夕)
   音楽に合わせ、踊る2人を影から見つめている未央。
未央「……」