○ 美容室(夕)
   理輝と未央がせまいバックヤードの中で話している。
つばめ(何で、未央ちゃんと理輝が……⁉)
   ふとつばめの視線に気付いた未央が、
未央「つばめちゃん、ごめん。いま今日の夕飯、説明してて」
つばめ「う、うん……」
未央「つばめちゃん? (理輝に)ね、もしかしてまだ言ってない……?」
理輝「……あ、忘れてた」
未央「……自分から言うって言ったのに……」
理輝「悪ぃ」
   つばめ、状況が理解できない。
つばめ「あの……」
理輝「えっと、未央には昔からごはんとか、してもらってて。な」
未央「え……う、うん」
理輝「なんか、そういう仲」
   理輝、「ん?」と首をかしげる。
理輝「あーもう、うまく言えねえ、(未央に)お前言って」
未央「……また誤解を生むような言い方して(ため息)」
   つばめ、2人にしかない空気感を感じる。
未央「あ、あのね、つばめちゃん、私、理輝と家が隣で。昔から一緒に育てられたみたいな感じで。だからその、よく食事とかも私が作ったりしてて」
つばめ「……へえ」
未央「いつもってわけじゃないんだけど。理輝が美容室で働くようになってからは、特に」
理輝「料理の実験台にされてる」
未央「ひどい!」
理輝「冗談に決まってんだろ。いつも世話になってんだから」
未央「……もー」
つばめ「……」
   つばめ、無理して笑う。
   つばめから見て、未央と理輝が2人で並んでいる。
   2対1の構図。お似合いの2人。
つばめ(2人だけの空気……)
未央「つばめちゃん?」
理輝「つばめ?」
   2人が心配するような目でつばめを見ている。
つばめ(私いま、気を使われてる……?)
   つばめ、後ずさりして。
つばめ「あの、私、用事思い出したから帰るね!」
   そのまま店を出て走って行く。

〇 道(夕)
   人込みを避けながら走って行くつばめ。
つばめ(あったかい空気だった)
   
   ×  ×  ×
〇 (フラッシュ)バックヤード
   理輝と未央が、近距離で微笑み合っている。
   ×  ×  ×

つばめ(私だけ、何も知らなくて。たぶんあの時だって)

   ×  ×  ×
〇 (フラッシュ)東高校・1年A組
   ボールを持った男子たちににらまれているつばめたち。
理輝「教室でボールやんなよ、うるせーな」
   ×  ×  ×

つばめ(あれは、未央ちゃんにボールが当たりそうだったから……助けたのは私じゃなくて、未央ちゃんで)
   (それに、初めて話したときも)

   ×  ×  ×
〇 (フラッシュ)東高校・1年A組
   陰口を言われているつばめ。
   未央、振り向いて
未央「昨日のこと、私、違うってわかってるから」
   ×  ×  ×

つばめ(未央ちゃんが「わかってる」って言ってくれたのも、たぶん)
   つばめ、段差につまずき、ころぶ。
つばめ(私じゃなくて、理輝を信じてたんだ……)
   ゆっくり起き上がるつばめ。
   土がついたスカートをぎゅっと握りながら。
つばめ「私、めちゃくちゃモブじゃん……」
   うつむくつばめ。

〇 理輝の美容室(夕)
   つばめが出ていったドアを見つめる理輝。
   未央、まろを撫でながら。
未央「タイミング悪くてごめんね」
理輝「……いや」
未央「気になるんでしょ……?」
理輝「気になるっていうか」
未央「ていうか?」
理輝「誤解されてるよなって」
未央「……」
   じっと動けずにいる理輝。
未央「いつもみんなに誤解されてるの、無視してるのに」
理輝「……」
未央「今日は誤解されてモヤモヤしてる」
   未央、ふふっと笑い。
未央「わかってもらいたい人の誤解は、ちゃんと解いた方がいいんじゃないの?」
理輝「……そんなんじゃ……」
   じっとしたまま動かない理輝。
未央「……仕方ないなあ」
   未央、まろの首輪にリードをつける。そして理輝に、リードと散歩用のミニバッグを渡して。
未央「まろの散歩、行ってくれば?」
理輝「……」
未央「大事なことは、口に出して言わないと伝わらないよ」
理輝「別に俺は」
未央「ほら、早く」
   理輝、リードを受け取ると。
理輝「散歩に行くだけだからな」
そう言うと、美容室から出て行く。
未央「……素直じゃないなあ」
   少しさみしそうな笑顔を浮かべる未央。

○ 龍崎家・外観(夕)
   重厚な造りの、大きな古い日本家屋。お屋敷。

○ 同・内
   長い廊下や、障子、襖、畳。
   いかにも由緒正しき伝統的な佇まいをした内装。

○ 同・つばめの部屋
   箪笥と長机などが置かれたシンプルな部屋。
   畳の上に寝転がるつばめ。
つばめ「……ああもう、絶対嫌な感じだった……」
   顔を覆って、ため息をつく。
つばめ(あんなタイミングでいきなり帰るとか……)
   深いため息をつく。
   すると、襖の外から、母・千鶴(43)が声をかける。
千鶴「つばめ? お母さんちょっと夜の診療に出かけてくるから」
   つばめ、立ち上がって襖を開けて
つばめ「そっか、ごめん今日仕事の日だったね」
   つばめ、千鶴と玄関まで歩きながら
つばめ「今日、患者さん多いの?」
千鶴「10人くらいかな。ただちょっと苦しがってる人もいるから、だいぶ力、使うかも」
つばめ「心理カウンセラーって大変だね」
千鶴「でもこの力が役に立てるんだから、生かさないとね」
つばめ「頑張って。えい、パワー注入」
   つばめ、そう言って千鶴の肩をぎゅっと抱く。
   すうっと、光が揺れる。
千鶴「あー、きたきた、さすがだわ、つばめの力」
つばめ「そう言われても、私はわかんないんだけどね」
千鶴「……あんたのこの力の強さが役に立つときが、いつか絶対くると思う。大事にしなさいよ」
つばめ「ん……」
千鶴「じゃ、行ってくるわね」
   つばめ、千鶴を外の門戸で見送る。
   行ってらっしゃい、と手を振っていると。
   ふと、道の向こうに、理輝の姿が見える。
つばめ「……⁉」
   理輝はまろを連れていて、つばめと目が合うと、軽く手を上げる。

○ 公園
   理輝と、つばめがベンチに座っている。
   傍らには、ぼうっと寝かかっている犬のまろ。
つばめ「どうして、うちの家」
理輝「ここ、こいつの散歩ルートの1つで。龍崎っていう大きい屋敷があるから、ここだろうなって思ってた」
つばめ「……」
理輝「さっき、悪かった」
つばめ「何が」
理輝「いや、いきなり驚かしたかなって」
つばめ「驚いたけど、別に謝ってもらうことじゃないし」
理輝「……」
つばめ「謝らなくちゃいけないことしたの? それか、私が今、謝ってもらいたい気持ちだと思ってる?」
理輝「……いじめんなよ」
つばめ「……。だから、歩幅小さかったんだって思った」
理輝「え?」
つばめ「さっき、横で並んで歩いたとき。合わせてくれてるのかなって思ってたんだけど。昔から未央ちゃんと歩くことが多かったからなんだね」
   つばめ、ポーカーフェイスを装おうとするが。少しさみしげな表情になる。
つばめ(この人は、ただ優しいだけ。だけど、私はずるいから)
   (自分のためだって思いたかったんだ)
   理輝、首をかしげ。
理輝「そんなの、初めて言われた」
つばめ「そう?」
理輝「女子と並んで歩くことなんかねえし」
つばめ「……未央ちゃん、女子だよ」
理輝「(笑って)あいつは女子ってカテゴリじゃねえな」
つばめ「それは……特別ってこと?」
理輝「特別っていうより、女子として意識したことなんかないってこと」
つばめ「嘘」
理輝「嘘じゃねえよ」
つばめ「じゃ、これからだ」
理輝「……何が」
つばめ「あのね少女漫画ってね、結局は女子として意識してない女子を選ぶんだよ」
理輝「……え?」
つばめ「幼なじみってさ、いつも一緒にいるからこそ、その大切さに気付けないの。当て馬が来て、2人の距離感があやふやになって、初めて、その尊さに気付くんだよ」
理輝「……?」
つばめ「(自分を指さし)あ、これ、当て馬ね」
理輝「……」
つばめ「(目をそらして)当て馬にもなんないか、私なんか」
   理輝、突然ベンチをこぶしでドン、と叩く。
   まろが驚いて理輝を見上げる。
理輝「勝手に話進めんなよ」
つばめ「え……」
理輝「俺が未央を好きなんて、いつ言った? 勝手に、想像で決めんなよ」
つばめ「……」
理輝「あいつはただの幼なじみだから。んなこと言うなら、つばめも龍崎恭哉とどうかなるわけ?」
つばめ「は? なるわけないじゃん!」
理輝「ほら」
つばめ「……」
理輝「つばめには、誤解されたくないっつうか、今みたいな関係続くのが良くなくもないっつうか」
   その言葉に思わず反応してしまうつばめ。
つばめ(わざとなの?)
   (この人の言葉選びは、いつも、ずるい……)
   (勘違いだって、他意はないってわかってるのに。苦しくさせてくるの、ずるい)
   理輝の手を見つめる。
つばめ(こんなの……)
理輝「(つばめの視線に気づき)……」
つばめ(ずるいよ……)
理輝「……あのさ」
   そのとき、まろが突然、ぐいっとリードを引く。
理輝「わっ」
   理輝、バランスを崩しておもわずつばめの手を触りそうになる。つばめはそれを察して慌てて避ける。が、2人ともバランスを崩す。
   結果、ベンチの上で、理輝がつばめを床ドンしているような姿勢になる。
理輝「……悪い」
つばめ「……ううん」
   近距離で目が合う。
理輝「どこも触れてない?」
つばめ「……うん」
理輝「良かった」
   恥ずかしくなって、目をそらすつばめ。
   目線の先には、理輝の手。
   つばめ、ふと理輝の爪に、自分の爪をそっと触れさせる。
つばめ「手、きれい」
理輝「ちょ、触れそう」
つばめ「大丈夫」
理輝「え?」
つばめ「体に触れるのはできないけど、爪と髪なら……平気なの」
理輝「……へえ」
つばめ(こんなの……触れたくなる)
   つばめ、理輝の爪を、肌に当たらないよう気をつけながら自分の爪でそっと触れる。
   カチン、と爪同士が触れる音がする。
つばめ(ずるい)
   理輝の頬が少し赤くなる。
   ノックするように、理輝の爪を1つずつカツン、カツン、と叩いていくつばめ。
つばめ(爪だけじゃなくて、もっと)
   理輝もそっとつばめの髪に触れる。
つばめ(もっと……触れたい)
   床ドンされたまま、爪と髪の感触を確かめ合う2人。