○ 道(朝)
   高校の制服を着た龍崎つばめ(16)。
   人から少し離れたところで、咲き誇る桜を見ながら、信号待ちをしている。
   バッグからは、なぜかストップウォッチがぶら下がっている。
   近くを、楽しそうにじゃれ合いながら高校生カップルが歩いてくる。
   動きが大きく、つばめにぶつかりそうになっている。
つばめ「あの!」
   女子高生がつばめの方を見ると、つばめがギロッと睨んでいる。
   目つきは非常に悪く、睨まれた女子高生はひっと息を飲む。
   男子高生が「あっち行こうぜ」とつばめから離れていく。
つばめ(近いのよ、距離が!)
   つばめ、バッグから「龍崎家之掟」と書かれたノートを取り出し、ページを開く。
つばめ(『触れてはならぬ。触れられてもならぬ』)
   信号が青に変わる。脚を踏み出すが、反対側からスーツを着た大量の若者が歩いてくるのに気付く。
   つばめ、ノートに目をすべらせる。
つばめ(『半径1メートル以内には近づくべからず』)
   前のスーツ軍団とノートを見比べる。
つばめ「……わかってるって……!」
   前から来る彼らにぶつからないよう、避けながら歩くつばめ。
   人込みをすり抜けながら横断歩道を渡り終えたところで、ふーっと安心する。
   つばめ、ニヤァ…と笑い、
つばめ(集中すれば『力』なんて怖くないんだから)
   その時。
つばめ「!」
   後ろから歩いてきた星山理輝(16)がつばめにぶつかる。
理輝「悪ぃ」
   その瞬間、つばめのまわりがぼんやりと光り、つばめの脳裏にモノクロ画像が映る。
つばめ「……あ……!」

   ×  ×  ×
〇 (インサート)つばめの脳内
   折れ曲がったガードレール。大破した車。転がったバッグ、教科書。
   道に倒れている、理輝。
   ×  ×  ×

つばめ「……だ……め!」
   反射的に理輝のバッグをつかむつばめ。
   思い出したように、そのままストップウォッチを押す。
理輝「……は?」
   驚いたようにつばめを見つめる理輝。
つばめ「(にらんで)行っちゃだめ!」
理輝「……何、お前……」
   理輝、眉をしかめてつばめの腕からバッグを取り、無視して歩き出す。
つばめ「だから、だめだって!」
   つばめ、理輝の前に立ちふさがって止めようとする。
つばめ「(ストップウォッチを見て)あと……40秒」
理輝「……何なの。つか、あんた……?」
つばめ「と、通りがかりの者ですけど?」
理輝「同じ制服着てんじゃん」
つばめ「……あ……」
理輝「……」
   理輝、つばめにじりじりと近づいて。
理輝「もしかしてあんたもやってほしいの?」
つばめ「え?」
理輝「(つばめの耳元で)俺に、放課後、アレ」
   そうささやいて、つばめの髪にふわっと触れる理輝。
つばめ「あ……アレ……⁉」
   つばめ、ドギマギしながら目をそらし、ストップウォッチを見る。
つばめ(……あと20秒!)
理輝「悪いけど今、10人待ちだから。今日予約したら、だいたい来月には回ってくるけど。どうする?」
つばめ「……回ってくるって、な、何が……」
理輝「放課後、俺が女子と2人でヤることなんて、1つしかねえだろ」
つばめ「……!」
理輝「ま、嫌ならいいよ」
   と、理輝は歩いていこうとする。
   つばめ、ストップウォッチが55、56、と時を刻んでいるのに気付き。
つばめ「……だめ!」
   つばめ、おもわず理輝のバッグを引っ張る。
   理輝がバランスを崩し、つばめと2人、その場に転ぶ。
   その瞬間、大きなブレーキ音、そして激突音が響く。
理輝「⁉」
   つばめと理輝が音のほうを見ると、一台の車が道に突っ込んでいる。
   折れ曲がったガードレール。大破した車。
   辺りに人がいないことを確認し、ほっとした表情になるつばめ。
理輝「何だよこれ……」
   呆然としている理輝。
理輝「俺があのまま歩いてたら……」
   理輝が半信半疑の表情でつばめを見る。
理輝「お前が、止めた……?」
つばめ「……!」
   おもわず逃げ出すつばめ。
理輝「あ、おい!」
   理輝、つばめに手を伸ばすが、つばめはそれをするりと避ける。
理輝「待てよ! おい!」
   無視して走り出すつばめ。
理輝「何だ……さっきの……?」

○ 路地裏(朝)
   走っているつばめ、足を止める。そっと背後を振り向き、誰もいないことを確かめる。
つばめ「あーーーやだーーー! またやっちゃったああーー!」
   さっきまでの悪女的な雰囲気は消え、ガラッと明るい表情に変わっている。
   つばめ、動いたままのストップウォッチのリセットボタンを押し、大きくため息をつく。
つばめ「あー、どうしよどうしよ! バレたかもしんない!」
   頭を抱える。
つばめ「高校になったら失敗しないって決めてたのに……」
   泣きそうなくらいへこんでいるつばめ。
   つばめ、バッグの中から「龍崎家之掟」と書かれたノートを取り出す。
ノートの一番前のページには、『1分後の未来が見える力は、古来より龍崎家にだけ伝わる力である』と説明が書かれている。
つばめ「絶対にミスしないように、今朝も何度も復習してたのに」
   つばめ、ノートを開くと。
つばめ「ええと……『人に触れると、相手の1分後の未来が見える』。『むやみに触れてはならぬ、触れられてもならぬ』。」
   つばめ、ページをめくり、
つばめ「『怪しまれた場合は』……あ、何だっけこれ」
   ノートには『未来を見る力が明らかになるおそれがある場合は、以下の方法がおすすめである』と書かれている。
つばね「ええっと……」
   『死ぬまで顔を合わせない』。
つばめ「無理、同じ学校!」
   次の箇所には、『外見を変える』。
つばめ「整形⁉」
そのあとには『シラを切る』『ひたすらごまかす』。
つばめ「……ダメだ、やっぱ何の参考にもなんない」
  ため息をつくつばめ。
ノートには『他言してはならぬ』『悪用してはならぬ』『むやみに力を使ってはならぬ』という文字。
つばめ(そもそもこんな私に、言う相手なんていないし……)
   ノートの『1分後の未来が見える力』という部分を見ながら
つばめ「こんな力、ほしくなかった……」
   とぼとぼと歩いて行く。

○ 東高校・外観

○ 同・1年A組
   クラス発表直後の教室で、同じクラスになったことを喜ぶ同中出身のクラスメイトたち。
   一方で、「名前は?」などと、いかにも初対面な自己紹介が、あちこちで始まっている。
   そんな中、周囲の様子をうかがいながら座っているつばめ。
   目つきが悪く、ギロリと睨んでいるように見え、「話しかけるなオーラ」が出ている。
つばめ(ダメだ、高校初日なのにこんなんじゃ)
   つばめ、意を決して後ろを振り向くと、ニタァ…と微笑む。
   本人としてはにこりとほほ笑んだつもりだが、周囲からは不気味に見え、目が遭った生徒はヒッと震えあがる。
   その様子を見た生徒たちの中から、つばめを見ながら噂する声が上がる。
生徒A「……あの子って、東中だった龍崎つばめ?」
生徒B「あー、あの偽善者って言われてる。なんだっけ、いい人のふりして近づいて、友達の好きな人、とっちゃうんだっけ」
生徒A「あたしが聞いたのは、なんか不幸になるとか言われて、変な石みたいなの売りつけられたって!」
   つばめ、聞こえているも、無視。
つばめ(石なんか売ってないし、彼氏は居たことすらないんですけど)
   怖いよねー、同じクラスなんて最悪、という声が聞こえる。
つばめ(ウソ告を見抜いて止めただけだし、危険を避けようと助言しただけなのに、どうやったらそんな噂になるの)
   つばめ、めんどくさそうに聞こえないフリをするも。
   少しさみしそうに目が曇る。
   その時、前のほうの席からキャー、という声が聞こえる。
つばめ「……?」
生徒A「ねえ見て、星山理輝! 同じクラスだよ!」
   つばめ、顔を上げると。
つばめ「……!」
   そこにいたのは、朝会った理輝。
   理輝と目が合う。
   おもわず顔を隠すつばめ。
理輝「お前、今朝の……!」
   理輝、つばめの机の前まで歩いてきて。
理輝「あれ、どういうことだよ! 説明しろ」
つばめ「(白を切って)……あれって、何のことですか?」
理輝「ふざけんな。お前ヤリ逃げかよ!」
   その瞬間、教室が「ヤリ逃げ⁉」とざわめく。
つばめ「やっ、ヤリ逃げって……!」
理輝「だってそーだろ、俺のこと押し倒しといて、自分だけ勝手に行きやがって!」
   教室が「押し倒した⁉」「勝手にイッた……⁉」という声があふれる。
つばめ(あーもう、なんか絶対これ、勘違いされてる……!)
   つばめ、大きなため息をついて。
つばめ「……すみません、私には何のことか(と、席を立つ)」
理輝「は⁉ ちょっと待てよ」
   理輝、席を離れようとするつばめの腕をつかもうとする。
   つばめ、反射的にその手から逃れようとする。が、バランスを崩し。慌ててつかんだのが、理輝のネクタイ。
理輝「⁉」
   理輝が引っ張られ、つばめの顔に近づく。
理輝のネクタイをつかんだつばめと、理輝の顔が、キス寸前まで近づいた、いわゆる「ネクくい」状態になる。
つばめ「……!」
   教室中にキャー!という叫び声が上がる。
   つばめ、慌てて教室から出て行く。
   教室内は、「ネクくい⁉」「キス⁉」という叫び声。
つばめ(あーーー、またやっちゃったーーー!)

〇 同・玄関
   放課後になり、下校していく生徒たち。
   人けを避け、急ぎ足で学校をあとにするつばめ。

○ 美容院・外観

〇 同・室内
   カット台の前に座っているつばめ。
つばめ(……とりあえずノートの教え通り髪型変えて、あとはもう、シラをきるしかない……)
   美容師が近づき、つばめにケープをつけようとする。
   つばめ、慌ててその手から逃れて。
美容師「?」
つばめ「あの……すみません、自分でします」
美容師「え? ケープを?」
つばめ「えーと……私、ちょっとアレルギーっていうか……人に触れられたくなくて。髪は大丈夫なんですけど、頭皮とか、できるだけ触れないでいただけると助かります」
美容師「なるほど。わかりました。じゃあシャンプーも、自動の機械がいいよね」
つばめ「(ほっとして)よろしくお願いします」
美容師「おい、こっち手伝って!」
   美容師が店の奥に声をかける。
美容師「こちらのお客さん、自動シャンプーで。髪以外には触れないようにしてね」
   うなずいている店員と目が合う。
その店員は――理輝。
つばめ「!」
理輝「は? お前……」
つばめ「な、何で……」
理輝「何でって、ここ、うちだし」
つばめ「え?」
理輝「美容院。悪い?」
つばめ「……そんな……」
美容師「そっか、その制服。理輝の学校の女子制服か。どっかで見た気がしたんだよね」
つばめ「……はあ……」
美容師「あ、私、理輝の父です」
つばめ「えっ、あの……初めまして。龍崎つばめ、です」
美容師「(にこっと笑うと)じゃ、理輝。シャンプー、ドライまでお願いな」
理輝「……うす」
つばめ(……最悪……!)

   ×  ×  ×

   シャンプー台に座り、自動機械で洗われるつばめ。
   理輝はタオルの準備をしている。
つばめ「……」
理輝「かゆいとこ、ないっすか」
   ぶっきらぼうに言う理輝に、つばめは強がりながら鋭い口調で返す。
つばめ「……大丈夫です」
理輝「お前……今朝の、何」
つばめ「……ひ……人違いじゃないですか」
理輝「悪いけど俺、一度触れた髪は忘れねえの」
つばめ「髪……?」
理輝「お前の髪、柔らかくて質感がいいんだよな」
   機械が止まり、理輝がタオルでつばめの髪を拭こうとする。
   が、つばめが慌てて離れ、
つばめ「自分でしますっ」
理輝「……そ」
   理輝、カット台に移動すると
理輝「じゃ、こっち来て拭いといて。ちゃんと内側からやれよ。乾かすの時間かかるから」
つばめ「……はい」
   つばめ、カット台に移動して髪を拭く。
   その間も、細々とはさみを準備したりしている理輝。
つばめ「……」
理輝「(にらんで)何」
つばめ「な、何も?」
   無言で作業し続ける理輝。
つばめ(もー、ほんとやだ……)
   その時、タオルに引っかかり、つばめのバッグからポーチが落ちる。
つばめ「あ……」
   拾おうとすると、理輝の手が先にポーチを拾い上げ、つばめは理輝の手を握ってしまい。
つばめ「!」

   ×  ×  ×
〇(インサート)つばめの脳内
   理輝の顔が、キスしそうなくらいの距離で、つばめに接近している。そして耳元で
理輝「……お前の髪、好き」
   ×  ×  ×

   つばめ、おもわず顔を真っ赤にして立ち上がる。
つばめ「~~~~~!」
理輝「あ、悪ぃ」
つばめ「軽っ!」
理輝「は? 何が?」
つばめ「軽すぎなんです!」
理輝「何言ってんのあんた……てか、今、何か光んなかった?」
   いぶかしげにつばめの顔を見つめる理輝。
つばめ、はっと我に返り。
   慌ててケープを外し、
つばめ「……今日はもういいです!」
理輝「……え……」
   つばめはバッグを手に取ると、店から出て行く。
理輝「あ、おいお前! 髪!」
つばめ(何、今の)
   走りながら、理輝の顔を思い出す。
つばめ(私が動かなければ、あのあと、あいつは私に……!)
つばめ「いやあああああ!」
   つばめ、足を速める。
つばめ(ありえない)
   角を曲がり、歩を緩める。
   理輝に触れた手を見つめ。
つばめ(体に触れるのが怖い)
   (一分後が見える力なんて要らない)