「……っ」

 瞬間――わたしは後悔した。
 同時に、何も答えてくれない彼に、とても悲しい気持ちになった。

「……あ、あの……わたし……っ」

 もういやだ。消えたい。今すぐにここから逃げ出してしまいたい。どうせならもっと別のことを言えば良かった。彼を困らせないような、もっと普通のお願いをすれば良かった。

 わたしは自分のつま先を見つめ、どうにか言葉を絞り出す。

「や……やっぱり、他のことにしようかしら。あなたも、忙しいと……思うし」
「…………」

 ああ、どうして彼は何も言ってくれないのだろう。嫌なら嫌って言ってくれればいいのに。

 断られるのは辛い。だけど、何も言ってもらえないのは……もっと辛い。

 わたしは唇を結ぶ。――恥ずかしい……泣きたい。

 それからどれくらい経っただろうか。ようやく……彼が呟いた。

「ユリア、大丈夫?」
「――っ」

 その声はいつものように優しくて、(やわ)らかで。けれど、その優しさが今は痛い。

 それに、いったい何に対しての大丈夫なのか、わたしにはわからなかった。

 わたしは彼の真意を確かめたくて、ゆっくりと顔を上げる。
 すると同時に、彼が呟く。

「ごめんね」
「……ッ!」

 それは、わたしの想いを否定する言葉――。
 彼の真剣な表情に、わたしの心は粉々に砕け散る。

 あ――駄目だ、泣く。

「……っ」

 わたしは泣き顔を見せたくなくて、彼に背中を向け走り出した――けれど。

「違う、そうじゃないんだ! 待ってユリア! 行かないで!」

 彼の叫び声がして、腕を思い切り掴まれる。
 その反動で、わたしは背中から彼の胸に倒れこんだ。

「やだ……っ、聞きたくない。放して!」

 それでもわたしは抵抗して、彼の腕を振りほどこうとした。

 けれど、振りほどけない。彼の力は……もうわたしよりずっと強くて……。

「違う、違うよ! ごめん! 僕……あまりにびっくりして」

 わたしの身体を背中から抱きしめる彼の腕。――聞いたことのない、不安げな声。

「君は僕の気持ちに、とっくに気付いてると思ってた。だから……その、つまり――僕は君のことが……好きなんだ」