「交代勤務の人ってお給料が多いんだね。夜勤手当って、そんなにすごいの?」 


二泊三日の出張から戻った亜久里と一緒に、くろぎの 『宇治抹茶最中』 を味わいながら明日香が昼間の話題を持ち出したとたん、亜久里は最中を吹き出した。

最中の皮をのどに詰まらせてゲホゲホと咳き込む亜久里の背中をさすりながら、動揺するほどの話題だったのかと思ったが言ったあとである。


「はぁ、苦しかった……そうだね、手当はすごいよ。俺の給料は安いからね。俺にも夜勤をしてほしい?」


「そういう話じゃなくて、日勤者の残業手当よりはるかに多いって話を聞いたから……ごめんね、変なこと言って」


「いいけどさ。それ、誰に聞いたの?」


「美浜さん」


亜久里は、なるほど、とつぶやいてから、こぼれた最中のかけらを拾った。


「それだけ大変な仕事ってことだけどね。新人のとき、研修で夜勤を経験したけど辛かった。

夜勤と日勤は数日で交代するから、時差ボケの繰り返しだよ」



体を酷使する大変な仕事だから手当ても多い、給料の支給額は課長より多い人もいるよと聞いて、明日香は目を丸くした。


「課長は管理職だから、残業手当はでないんだよね。どれだけ仕事をしても毎月同じだから」


「あっ、そうか。早く出勤しても残業しても同じお給料なんだ」


「そう、日勤者で一番もらってるのは係長かな。おとなりの中瀬さんもそうだけど、中瀬さんは国立高専卒だから技術手当てがいいんだよね」


高専卒……どこかで聞いたキーワードだけど、どこだったか……

少ないけれど高専卒でも管理職になる人がいるのだと五月が言っていたと思い出して、美浜さんのご主人もそうなの? と聞こうと思ったが、話を進める亜久里についていった。


「でも、やっぱり交代勤務の人にはかなわないね。残業が多い月は、工場勤務の係長の方が課長より給料は多いよ。

といっても、課長は賞与が多いんだよな。俺には当分関係ないけどね」


あはは……と亜久里は力なく笑った。

給料について話題にしてはいけなかったのだと明日香は猛反省した。


「ごめん、嫌な気分にさせて……」


「社宅にいると、いろんなことが聞こえてくるよね」


「うん……」


「俺は俺だから」


「うん、わかってる」


明日香も食べたら? といわれて、差し出された最中の包みを開けた。

美味しいはずの最中は、口の中でもそもそして味気ない。


「有栖川部長がぎっくり腰だって、知ってる?」


「知らない。そういえば、乙羽さんを見かけないけど」


乙羽が東京の家に帰っているあいだの出来事で、腰を痛めた部長は二日間休んでいるという。

奥さんは明日帰ってくるらしいけどねという亜久里も、誰かに聞いた情報で詳しいことは知らなかった。