「今朝、五十鈴ちゃんにつかまったんだって?」 


顔を見るなりそう言われて曖昧にうなずいた明日香は、「五月さんもいるからどうぞ」 と美浜を部屋に誘った。

五十鈴たちが立ち話をする中で明日香が気まずそうにしていたと教えてくれる人がいた、心配になってきたといわれて、今朝の話をふたたび語った。

美浜は食い入るように聞いていたが、「ごめんね」 と二人に謝った。


「源太に五月さんに教わってること、口止めしとくべきだったわ」


「源太君が頑張ったので、それはいいんですけど……五十鈴さんのお友達ネットワークは、すごいなと思って。

あっという間に10人も集まるんですから」


五月からネットワークと聞いて、浜はしばらく考える顔をしていたが、あっ、と思い出したように声をあげた。


「それ、少年団のグループだよ」


五十鈴の息子はサッカー少年団に所属しており、練習日や試合の連絡などのために親の連絡網がある。

おそらくそれから広がったんだろうと美浜は苦い顔をした。


「源太、90点が嬉しくて、英語を教えてもらってるんだってクラスでしゃべったんだって」


「でも、五十鈴さんのお子さんは小学生でしょう? 小学生のサッカー少年団の親が、どうして中学生の源太君の点数と順位を知ってるんですか?」


「源太君の同級生で小学生の兄弟がいる子が親に話して、そこから少年団の親に広がったんだと思う」


「えーっ、それってサッカーと全然関係ないじゃないですか」


サッカーの連絡のついでに、学年の情報や噂まで伝達されるのはよくあることだとの美浜の言葉に、明日香は怒り声をあげ、五月はきれいな眉を寄せた。


「兄弟の子の友達の点数とか順位とか、先生の噂とか、なんでもメールで教え合って、知らないうちに広がってるんだよね」


「あっ、五月さんの大学もサッカーの連絡メールですか? 五十鈴さん、五月さんの大学を知ってたので」


「そうかも。私も聞いたよ。五月さんがすごい大学を出てるって、五十鈴ちゃんはグッチから聞いたんだって。

早水さんとこの息子さんより難しい大学でしょう、って五十鈴ちゃんが言ってなかった?」


「言ってました。美浜さん、五十鈴さんのまね、似てます」


そうかな、と照れる美浜を見ながら、明日香は小泉棟長の変わり身の早さを苦々しく感じた。

この前まで早水棟長の息子を褒めていたのに、どこで知ったのか五月の方が難しい大学を出ているとわかると、五月を持ち上げて家庭教師を頼もうとした。

五月が断ってくれたのは良かったと思うが、これで諦めるだろうかと心配でもある。


「幸子さんのことを、ああだ、こうだって言うけど、彼女たちは幸子さんが羨ましいんだよ」


「どうしてですか?」


「交代勤務の社員は地元採用だから、本社採用組とおなじようには昇進できないのよ。彼女たちの旦那は、みんな地元組だから、最高に昇進して係長だね」


課長以上に昇進するのは、大学卒以上である本社採用の社員に限られる。

幸子の夫は本社採用である、幸子を貶める噂をしていた彼女たちの夫より昇進する可能性は大きい。


「なんだかんだ言ってるけど、自分たちと同じ高卒なのに、幸子さんの旦那さんが昇進できる立場だから羨ましいのよ。

でも、私に言わせたら、交代勤務の旦那さんは羨ましくて仕方ないけどね」


「そうなんですか?」


「そうよ。夜勤手当って、すごいんだから。うちは地元採用組だけど日勤の技術屋だから、そんなの出ないもん。せいぜい手当がつくくらい。

だけど、夜勤手当のある社員の給料は違うよ。定年まで辞めたくないって人が、ほとんどだから」


あぁ、羨ましい……そういうと、美浜は文明堂の 『極上金かすてら』 を頬張った。